レコ屋の店主の方へのインタビュー連載”レコ屋のヨモヤマ話”。
兵庫県尼崎市、阪急神戸線 武庫之荘駅から徒歩8分のレコ屋「Roundish Music Store」。2026年1月にオープンされたレコ屋です。店内には、City Pop、Rock、Jazz、Soul、Rare Grooveなど、幅広いジャンルのレコードが並んでいます。
「人生最後の仕事を考えた末、やっぱり自分が楽しくできるレコードに立ち戻った」
という店主の紙谷さん。19歳でイギリスへ渡り、DJカルチャーの現場に飛び込み、20代でレコ屋を始め、その後は飲食店を複数運営。そして、もう一度レコードの世界に。今回は、紙谷さんにこれまでの歩み、店づくり、そしてこれからの展望について聞きました。

音楽やレコードに強く惹かれたきっかけを教えてください。
紙谷さん「1990年前半、高校生の頃ですね。UFOとか、トーキングジャズとか、Gilles Petersonとか、そういう流れが出てきた時期で。当時よくクラブに通っていて、そこでかかっている音楽を聴いて、『DJをやりたいな』と思うように。
ただ、当時は今みたいに情報がすぐ手に入る時代ではなかったんです。普通のレコ屋に行っても、クラブでかかるようなレコードがなかなか見つからない。
それで、『これはDJだけが知っている流通があるんじゃないか』と思ったんです。
だったら、世界で一番レコードが集まる場所に行った方が早い。そう思って、19歳のときにイギリスへ行きました。

19歳でイギリスへ行くというのは、かなり思い切った行動ですね。
いま思うとそうかもしれないですけど、当時はただ必死なだけでした。
ロンドンに着いてすぐ、クラブイベントに行ったんです。そこで自分からお客さんに話しかけていってたら、そこから人を紹介してもらって。紹介してもらった中には、ジョー・デイヴィス(※1)氏も。
その頃のロンドンには、いろんなレコードや音楽の情報が集まっていました。よくCamden Market(※2)にも通っていましたし、現地でいろいろ教えてもらいました。
とにかく、動けば何かが見つかる時代だったと思います。
(※1)ジョー・デイヴィス:ロンドンを拠点に活動するDJ、プロデューサーであり、英国におけるブラジリアンミュージックの第一人者。
(※2)Camden Market:ロンドンの大規模なマーケット。レコードだけでなく、ファッションや雑貨、本など多くの店が出店しており、マーケット文化を知ることができる場所。


日本に戻ってから、レコ屋として活動されたんですか?
最初はDJをしていました。クラブに電話して、テープを送って、前座から始めるような感じでした。ロンドンに行ったときと同じですね、本当に情報が少なかったので、どれだけ人に会うか、どれだけ動くかが振り返ると大事だったんだなと思います。
アルバイトをしながら稼いだお金は、交通費かレコード代に消えてましたね笑
そんなとき、知り合いから『一緒にレコ屋をやらないか』という話があったんです。僕はイギリスで過ごした経験もあって、海外から中古レコードを仕入れることはできたので。まだそのときは、新譜のことはそこまで詳しくなかったですね。
結局、その話は流れたんですが、『じゃあ自分でやってみよう』と決めて。26歳ぐらいの頃に大阪の堀江で小さく始めました。それからは、本町に移ったり、本屋とレコ屋を併設したり、ギャラリーと協力したりもしました。アート関係の友人も多かったので、展示会をしながらレコードを売るような形でした。

その後、飲食店の運営もされていますよね。
CDの台頭からレコードが下火になってきて、レコ屋から飲食店に舵をきりました。自分が日本酒が大好きだったのも背景としてはあります。
結局10年ほど続けて、おでん屋、日本酒専門店、海鮮居酒屋など、いくつか店舗を展開しました。飲食店の仕事はめちゃくちゃ面白かったです。お客さんとの距離も近いし、人が集まる場所を作る楽しさがありました。
レコ屋やDJをやってきた経験は、飲食にもかなり活きて、音楽が好きな人たちが集まる場所を作ることにもつながっていきました。ただ、2019年のコロナをきっかけにお店を閉めるといった決断をしました。
あ、でもおでん屋(※3)は後輩に継いで、いまでも続いているので、ぜひ行ってください!
(※3)おでん〇(おでんマル):〇(マル)は、レコード盤の表しているのだそう。鰹、昆布、イリコで出汁を取る力強い風味のおでんは、お酒とも相性抜群。いまでも日本酒に力をいれています。


最終的には、もう一度レコードに戻ってきた。
そうですね。
いろいろな事業をしてきて思うのは、レコードから離れた仕事をすると、自分自身の調子があまりよくないなって感じたんです。うまく表現できないんですけど。
もちろん飲食も楽しかったんですけど、いま思うとレコ屋を最初やめたタイミングで、何か自分の軸を失った感覚がありました。周囲の人も、自分のことを「音楽やレコードをやっている人」として見てくれていたんだなって思うこともあり。
それがなくなると、自分という存在は、ただの飲食店のおっちゃんになるんだな(見られるんだな)って思ってしまって。レコ屋をやめてみて初めて分かったことです。
だから、人生かけて、取り組めることはなんだろうと考えて、もう一度レコードに戻ろうと思ったんです。

Roundish Music Storeは、どんな場所にしたいですか。
めちゃくちゃお店を大きくしたいというより、来られた方がワーワー話せる感じがいい。初めてレコードを買う人も、詳しい人も、年齢に関係なく来てもらえたらうれしいです。
実際、いまほんとに色々な方に来ていただいています。
最近は、初めてレコードを買う人も増えてきて、『これいいですね』と言ってくれるのが楽しいし、嬉しいんです。
よく知っている人だけの場所にするというより、これからレコードに触れる人にも開かれている感じにしたいんです。
レコ屋って建物の2階とか3階とかにあって、やっぱり初心者からすると、どうしても入りづらかったりすると思うんです。そんなことも意識して、お店の場所は決めました。歩いてたら、ふらっと入りやすく、店内の様子も外からわかるので、場所も迷うことなく決めましたね。
もちろん来てもらうための工夫はしています。たとえば、店頭の値付けはかなり意識しています。ネットで買うよりも、店に来た方が少し得をした気持ちになるようにしたい。
意外と駅から遠かったでしょ?わざわざ10分くらい歩いて来てもらうわけじゃないですか。そこで『これ安いやん』『もう1枚買って帰ろう』と思えるものがあるとうれしいと思うんです。
レコ屋に来る楽しさって、そういう偶然の発見にもあると思うので。
おしゃれな神戸でもなく、にぎやかな大阪でもなく、あえて音楽文化も整っていないであろう場所で始めたいという想いもありました。尼崎からカルチャーを発信する場所にしたいと思っています。
最寄り駅は急行も止まらないそんな場所なのに、なぜかたくさんの人が集まってくるような、、、楽しそうでしょ?


これからの展望について教えてください。
この場所で発信していくために、まず自分自身がもっと音楽のことを詳しくなることが大事と思っています。『これを伝えたい』というより、自分がちゃんと詳しくなれば、勝手に伝わると思うんです。
レコ屋でいうと音楽ですが、飲食をやっていた時期には日本酒や食のこともかなり詳しくなりました。興味を持ったものは、ちゃんと深堀していく。そこはずっと変わらないですね。
あと発信することもそうですが、大きく言うと、「世界のレコードを循環させる」ことですね。日本に入ってくるレコードもあるし、日本から海外に出ていくレコードもある。そういう音楽の流れは、もっと面白くできるじゃないかなと思っています。
ただ売るだけではなく、世界中の音楽が出たり入ったりする場所を作れたらいいですね。
『自分』というフィルターに音楽をすべて通したいんです。世界中の音楽を自分の胃袋に通すことが僕の野望です笑
Recoya VIEW
「世界中の音楽を自分の胃袋に通したい」という、シンプルで純粋な野望は、とても心に残りました。様々な仕事をしてきて、自分自身の純粋な気持ちに立ち戻ったからこそ出てくる言葉のように感じました。
また、紙谷さんの言葉から伝わってくる、レコードを「売るもの」としてだけではなく、人や街、世界の音楽をつないでいく媒体として捉えている感覚は、私たちが大事にしている価値観とも非常に近いものでした。
尼崎を起点に、世界中のレコードが行き来する。そんな少し大きな話をする紙谷さんがいる一方で、お店には開放的でふらっと立ち寄れるレコ屋の空気もある。そのバランスこそが、Roundish Music Storeの面白さなのかもしれません。

