宇部で出会う、やわらかい音。flowers of romance(山口県宇部市) #1

レコ屋の店主の方へのインタビュー連載”レコ屋のヨモヤマ話”。今回は、山口県宇部市の flowers of romance を訪ねました。

 

flowers of romance

flowers of romance
山口県宇部市浜町

 

扉を開けた瞬間、まず“音”に包まれる

宇部で、扉を開けた瞬間に、店の体温がわかる。そんな店があります。

最初に目に入るのは棚……の前に、耳に入るものがある。音量は大きすぎないけれど、輪郭がぼやけない。空気の奥に、ちゃんと芯が通っている。背筋が伸びる音、と言うと少し大げさですが、たしかに“気が抜けない心地よさ”があります。

店主の益田さんが強く推していたのは、真空管アンプ。

「音がいいので、まず“この店、音いいな”って思ってもらえたら」

そう語る声も、押しつけがましくない。見せびらかさない。でも、隠さない。そんな姿勢が、そのまま音に出ています。


視線を移すと、棚と箱がつくる密度がある。店頭で7,000〜8,000枚ほど、全体では2万枚ほど。こういったテキスト情報ではわかりにくいですが、箱を前にすると“量”が肌でわかる。レコード屋の物量は、地層です。ひとつの箱が、ひとつの時代で、ひとつの気分。

「うわ、汚ねえなぁ、と思われる人もいるかも」

と、益田さんは笑っていました。

でも、その感じ、わかるんです。整っていない空間でも、雑多に並んでいるレコードに存在感があります。角の擦れたジャケットが、箱の中でちゃんと生きている。そういう店でした。

オールジャンル、でも芯はある

flowers of romance は基本オールジャンル。ロック、ポップス、邦楽、ソウル、ブルース、インディ…と、入口は広いです。

ただ、ジャンルだけではなく、益田さんの“基準”がはっきりしていました。

「お客さんにとって手ごろな価格で出せるかどうか」

この一言が、この店の居心地に直結しています。レコードに限らない話ですが、試せる価格帯は、気軽に挑戦できます。知らない盤を手に取れる。万が一好みと違っても、また掘れる。

そうやって棚との関係が育ちます。もちろん名盤との出会いもあるけれど、同じくらい”思ってたより手が届く”、”ここで買ってみよう”が大事だったりします。

一方で、益田さん自身がDJとしてよく使うジャンル――アンビエント、ダブ、テクノなどのクラブ系は、店の“得意分野”としてきちんと色が出ています。

アンビエントに関してはコーナーを設け、クラブ系の細かな枝分かれもある程度整理されている。オールジャンルでありながら、益田さんの手触りが残っている棚、という感じです。

「“好き”って言うより、“得意”。DJで使うし、よくわかるジャンル。」

言葉で全部わからなくても、店で流れる音と棚を眺めていると、”あ、この店は“音の作り方”にも惹かれている人の店なんだな”と伝わってきます。

“人生の節目”に寄り添ったレコード

取材の中で印象的だったのは、益田さんが「レコード(音楽)は、人の時間と結びつくもの」として語っていたことでした。益田さんの人生の節目、気持ちの揺れ、変化のタイミングに寄り添った音が、そのまま言葉になって出てきます。

Radiohead『The Bends』。

90年代のUKロックの代表作として知られていますが、益田さんにとっては「打ち込み中心の自分を、生音のロックへ引き戻してくれた」転換点の一枚でした。

「当時、テクノやドラムベースみたいな、ガンガン行くジャンルをずっとやってたんですよ。そこから“戻してくれた”っていうか。ロックの良さにもう一回目覚めた」

次に、Aphex Twin『Selected Ambient Works Volume II』。

ここは、言葉の温度が少し変わりました。

「ちょっと疲れた時期があって、その時にひたすら聴いてた。記憶と音楽がずっとくっついてる感じ」

アンビエントは、ときに寄り添ってくれる存在のように働く。励まさないのに、隣にいる。語りかけないのに、奥を撫でる。店内にアンビエントの棚がある理由が、ここで一本につながった気がしました。レコード棚は、店主の履歴書でもあります。

そして、70年代のアルバムについての話も出ました。

「1970年の音が、いま聴いても新鮮に聴けるのってすごい」

と益田さんは言います。
古い/新しいではなく、時間を超える手触り。レコードを掘る楽しさの核が、そこにある気がします。

これらのレコードは、その日その日の“おすすめ”ではなく、益田さんの記憶と結びついている。だからこそ、棚から手に取る一枚が、そのまま会話の入口になります。

宇部市で店を続ける、ということ

とあるロボットアニメでも有名な駅。JR西日本の宇部新川駅から車で5分、徒歩20分。

flowers of romance は、山口県宇部市にあります。

益田さんは若い頃に山口市でお店で勤めていた経験もあり、当時はエレクトロニカ/テクノなど、かなり絞ったジャンルで勝負していたそうです。DJがアナログで回していた時代には需要もあった。けれど時代が変わり、ブームの波が引く中で閉店も経験しています。

いまの flowers of romance は、当時と違い、ジャンルを広げています。ここで面白いのは、

「昔は影響が見えやすかった」

と語ること。ジャンルが絞れていたぶん、誰にどう届いたかが見えた。いまはジャンルが広いぶん、影響が輪郭を持ちにくい。でも、その代わりに益田さんの店に残っているものがあります。

それが、“人との関係“です。

よくお店に来られる方とは、単に店員と客という関係を越えて、食事に行ったり、相談をしたりする。

ご自身よりひと回りも上の常連さんたちとの交流は、益田さんが音楽を学び直す場になっている。“リアルタイムでコンサートに行っている世代“の話が、生の声として届く。これは、都市部の“情報”とは違う、土地の“体温”のある知識です。

レコ屋は、店主ひとりで作るものではない。街と、人と、環境と、折り合いながら続いていく。山口で店を続ける、というのは、そういうことなのだと思います。

はじめてでも大丈夫。ここは“掘っていい空気”がある

レコ屋が好きな人ほど、最初の一歩の緊張を覚えています。

”詳しくないと迷惑かな”、”何を聴けばいいかわからない”

たしかに、僕もそうでした。flowers of romance は、その不安をほどく要素がいくつもあります。

まず、試聴がしやすい。店内にはDJブースがあり、気になった盤は声をかければ聴ける。ヘッドホンで聴きたい人への導線もある。

「わからなかったら、気軽に聞いてもらえばいいです」

この一言が、やさしい。そして益田さんの距離感も、初心者に向いています。話好きなのに、自分から一方的に踏み込まない。相手の反応を見ながら、会話の温度を決める。黙って掘っていてもいいし、聞きたいことがあれば聞ける。

そもそも益田さんは知識をひけらかすことを好まないそうで、音楽に詳しくなくても、同じ目線で話してくれます。だからこそ、この店の空気は穏やかです。初心者が居場所を感じる条件は、知識ではなく安心。ここにはそれがある。

初めて行くなら、まず真空管の音を浴びる。次に箱を一周する。気になったジャケットを数枚手に取って、迷ったら試聴する。正解を当てる必要はありません。帰り道に”また来たい”が残れば、それがもう答えです。

16歳の2枚から、flowers of romance まで

20歳の益田さん。大学の学園祭にて。

益田さんが最初にレコードを買ったのは16歳。通学路のリサイクルショップで、Rolling Stones と Led Zeppelin の2枚。プレイヤーは入学祝いのような形で買ってもらったそうです。

90年代、レコードが少しずつ減っていく時代の入口で、益田さんは“針を落とす側”に立った。大学時代には山口市の中古レコード店でアルバイトをし、歌ものの世界—シンガーソングライターやAOR(Adult Oriented Rock)—を学んだ。

そこから独立し、山口市でレコ屋を持つ。エレクトロニカ/テクノに特化し、新譜中心で勝負した時期もある。いろいろな時間を経て、いま宇部で、幅広い棚を持つ店を続けている。

益田さんが、ネット販売よりも店舗を選ぶ理由は明確でした。

「レコ屋をやるってことは、人との対話があるんです」

レコ屋は、棚を並べる場所ではなく、人と会う場所。flowers of romance の根っこは、ここにあります。棚が語っているのは、益田さんのルーツと、その延長線上の現在です。

この店で出会ってほしいのは、真空管の“やわらかい音”

最後に、”この店で出会ってほしい音”を聞くと、益田さんの答えは、やっぱり真空管でした。

「単純に音が綺麗で、透明感がある。でも、柔らかい。CDで聴いてると痛くなることもあるけど、それがない」

真空管の音は、説明しきれません。益田さんも「聴けばわかる」と笑っていました。紅茶の香りを言葉で完全には伝えられないのと同じで、最後は飲むしかない。雨の匂いも、書斎の静けさも、体験に近い。

ただ、この店の良さは“音がいい”だけでは終わりません。その音が、会話の速度を整え、掘る所作をゆっくりにし、ジャケットの角の擦れまで愛おしく見せてしまう。

ここで出会ってほしいのは、盤のタイトルだけではなく、音の手触りです。益田さんは、帰り際にこう言っていました。

「楽しかったな、って思ってくれたら一番」

欲しいのは、称賛ではなく、また来たいという実感。益田さんのその姿勢が、この店の空気を穏やかにしています。flowers of romance は、そういうレコ屋でした。

 

flowers of romance

flowers of romance
山口県宇部市浜町

 


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トーン

記事を書いた人:
トーン
ロックやジャズなど文化系レコードを長年ディグり続けてきたコレクター。音楽を「歴史の地層」と捉え、店主の背景や棚の文脈を大切にしています。マウントや“軽い消費”は少し苦手。静かな温度で、店の思想を言葉にしていきます。