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東池袋で、レコードは人に戻ってくる。だるまや(東京都豊島区)#7

レコ屋の店主の方へのインタビュー連載”レコ屋のヨモヤマ話”。今回は、東京都豊島区東池袋の だるまや を訪ねました。

だるまや

だるまや
東京都豊島区東池袋

“たくさんある”が、やさしさになる

池袋といえば、駅のにぎわいを思い浮かべる人が多いかもしれません。けれど、だるまやがあるのは、その喧騒を少し離れた先です。駅前の勢いがゆるみ、住宅地の空気が混じりはじめる。その流れのなかに、この店は自然にあります。

長く続いてきた店には、入った瞬間に伝わるものがあります。だるまやも、まさにそういう店でした。棚の量、在庫の厚み、空間の落ち着き。けれど印象に残るのは、ただ”量が多い”ということではありません。その量が、長い時間の積み重ねとして、無理なくそこにあることでした。

話を聞いて見えてきたのは、時代が変わるたびに少しずつ形を変えながら、それでも”店で売ること”、”人に会って渡すこと”の価値を手放さなかった店主・萩原さんの姿です。池袋の街の速さから半歩ずれた場所で、レコードはちゃんと“人のいるもの”として扱われ続けていました。

店内に入って最初に感じるのは、やはり在庫の厚みです。棚の量そのものにも目を引かれますが、もっと印象に残ったのは、その量が単なる物量ではなく、長い時間をかけて積み上がってきたものとしてそこにあることでした。続いてきた店だけが持てる、自然な説得力があります。

だるまやの棚を前にすると、初心者でも”何かありそう”と思えるし、長年掘ってきた人なら”これは簡単には見切れないぞ”と感じるはずです。間口は広いのに、奥行きもある。ふらっと入ってもいいし、じっくり構えてもいい。そのバランスが、この店の大きな魅力だと思いました。

店づくりで大事にしていることを聞いたとき、萩原さんはこう話してくれました。

「在庫はたくさんあった方がいい。選択肢はいろいろあった方がいい」

この言葉は、そのまま店の景色に重なります。強いコンセプトで店を尖らせるやり方もあると思います。でも、だるまやの魅力はむしろ逆です。いろいろな入口を残しながら、でも雑然とはしない。量が圧にならず、自由になっている。その感じがいい。

そして買い取りが中心だからこそ、人が手放した音楽の履歴や、その時代ごとの気分まで棚に入ってくる。その結果として、だるまやは一部の玄人だけの場所にならず、ちゃんとひらかれた店になっているように感じました。たくさんあることを、単なる量ではなく、店の親切に変えているところに、この店らしさがあります。

紙の通販から始まった、早すぎる実践

通販を始めた頃の萩原さん。

萩原さんが通販を始めたのは1990年。店を持ったのは1995年です。今この数字を見ると、かなり早い。しかも、その頃はもちろん、いまのようなネットショップの時代ではありません。

当時のやり方を聞くと、そこにはいまのECとはまったく違う、手作業の手触りがありました。

「紙のリストを作って、印刷して、封筒に入れて出す、みたいな」

いまのようにボタンひとつで商品が届く時代ではない。欲しいものを届ける仕組みそのものを、自分の手で組み立てていたわけです。いま当たり前に見える通販という形も、当時はまだ、誰もが自然に選べる手段ではなかったはずです。

しかも、最初から余裕があったわけではありません。店を始めた頃は資金面でも大変だったそうです。そのことがよく伝わるのが、次の言葉でした。

「知り合いのレコード屋さんからレコードを借りたりしてました」

こういう話を聞くと、だるまやの始まりには、勢いだけではない粘りがあったのだとわかります。

ちなみに、”だるまや”という店名にも若い頃の萩原さんらしさが残っています。通信販売を始める時、とりあえず名前を決める必要があった。その頃に惹かれていたビート文学の流れから、『ダルマ・バムズ』という言葉が頭に残り、”ダルマっていいかな”と思ったのが由来のひとつだったそうです。仮につけたような名前が、そのまま長く続く屋号になっていったのも、この店らしい話です。

音楽の入口は、テレビとロンドンの空気だった

20代の萩原さん。ご友人のアーティスト、James Hunterさんのご自宅での一枚。

萩原さんの音楽の入口は、いわゆる“親のレコード棚”ではなく、高校生の頃に見ていたテレビの音楽番組だったそうです。ベストヒットUSAやMTVのような番組を通じて、プリンスやマドンナ、カルチャー・クラブ、デュラン・デュランといった洋楽に触れていった。ラジオからテレビへ、音楽の入り口が少しずつ移っていった時代です。

その後、東京に出て中古のレコ屋で働き、さらに輸入盤の現場へ。そこで深く好きになったのが、イギリスのパブロックでした。大きな会場ではなく、もっと近い距離で鳴る音。ストレートに伝わる感じ。そうした魅力に強く惹かれていたそうです。

23歳で務めていたレコ屋を辞めたあと、半年間ロンドンに滞在。日中はギャラリーやレコード屋を巡り、夜はパブで演奏を聴き、ビールを飲む。若い頃に惹かれた音楽の場やパブの空気が、かたちを変えて今の店にも残っている。そう思うと、レコードとビールが同じ空間にあることにも、妙な足し算っぽさがありません。

レコードからCDへ。CDからまたレコードへ。中古市場の変化、ネットの普及、オークション、スマートフォン、インバウンド、為替。ひとつの店を30年以上続けるということは、その全部を現場で受け止めてきたということです。

でも萩原さんは、そうした変化を大げさには語りません。いまの状態についても、まずはこんなふうに話してくれました。

「良くも悪くもないな、みたいな」

この温度がとても印象的でした。商売の話になると、どうしても上向きか下向きか、勢いがあるか厳しいか、そういう言い方に寄りがちです。でも、長くその場に立ってきた人にとっては、もっと細かい揺れの方が実感なのだと思います。

「急に今日の明日でって感じにはならない。だんだんと良くなるなり、だんだんと悪くなるなり」

外から見れば急変に見えることでも、店の側から見れば、波は少しずつ寄ってきて少しずつ引いていく。毎日その場に立っている人には、その“だんだん”が見えているのだと思います。近年のレコード人気についても、萩原さんは似たようなトーンでした。人気があるのは確かだと思う。でも、昔より何でもたくさん売れているかというと、そういう感じでもない。売れるものや売れ方が変わってきているだけだ、と。変化を煽らない。でも、変化に鈍いわけでもない。その姿勢が、長く続く店の強さなのだと思います。

池袋で続けるための、ちょうどいい距離

取材を通して特に強く感じたのは、萩原さんが”人と話すこと”をちゃんと大事にしているということでした。最初は少し人見知りにも見えたのですが、話していくうちに、その奥のやわらかさが見えてきました。

いまは音楽だけなら、ほとんど無料に近い形でいくらでも聴ける時代です。わざわざ店に行って、場所を取るレコードを買う理由は何なのか。そう考えたとき、だるまやの価値は、盤そのものだけにはないと感じました。

この店では、棚の並び方にも、店主の視線にも、空気にも意味がある。ちょっとした会話まで含めて、買い物が記憶として残る。ネットで済ませるのとは別の満足が、ここにはあります。レコードやビールの話をしながらお客さんと少しずつ関係ができていくことがうれしいと話していたのも印象的でした。必要以上に優しさを飾らない。でも、ちゃんと開いている。だるまやは、そういう店です。

だるまやは、池袋駅前のど真ん中にある店ではありません。少し歩く。初めて行く人には、その数分が少し遠く感じるかもしれません。でも実際に訪れると、その距離も含めてこの店に合っていると思わされます。

昔はもっと駅に近い場所で営業していた時期もあったそうです。最初の店は10坪ほどの細長い空間で、その後、少し構造の変わった別の場所へ移った時期もあった。長く池袋で店を続けてきたからこそ、今の場所についての話には、単なる好みではない現実感があります。

「来たい人は来てくれる距離だし、1回来てしまえばそんなに遠くない」

駅前の便利さを捨てたというより、続けるために必要な条件を見極めた、という方が近い気がします。店のペースを守りながら、それでも来たい人にはちゃんと届く距離。その落としどころが、いまのだるまやにはあるように思いました。最初の数分だけ、少しだけ未知に感じる。でも一度来れば、むしろこの距離がちょうどいいとわかる。その感覚まで含めて、だるまやは“池袋で続けるための場所”を選んでいるのだと思います。

レコードとビールと、生活の一部としての店

だるまやを訪れると、レコードだけでなく、クラフトビールの存在も印象に残ります。萩原さんはもともとイギリスのパブ文化が好きで、ビールも好きだったそうです。そして日本でもクラフトビールの多様さに面白さを感じるようになり、店の移転後、販売許可を取って取り扱いを始めました。

面白いのは、萩原さん自身がレコードとビールをかなり近いものとして捉えていることです。味の違いを探していく感覚、多様さの面白さ、終わりのなさ。そうした感覚は、レコードを掘ることとよく似ている。だから、だるまやでビールが出てくるのは不自然ではありません。好きなものを、好きなまま、ちゃんと店の風景にしている感じがします。

取材の中で、萩原さんはこんなふうにも話してくれました。

「レコ屋はずっと楽しいですよ」

この言葉には、無理がありません。好きなことを仕事にした高揚感というより、長く続けるうちに、楽しさが生活の呼吸みたいなものになっている感じがする。

「ライフスタイルというか、生活の一部なんですよ。もうずっとやっているので」

レコード屋を“仕事”として語ることも、“夢”として語ることもできるはずです。でも萩原さんにとっては、そのどちらだけでもない。もう日常そのものの中に店が入っている。そういう段階まで来ているのだと思います。

“死ぬまでやる”と言える店

取材の最後に近いところで、これから先について聞いたとき、萩原さんはまずこう言いました。

「まだまだやりますよ」

この短さがよかった。続けることを、宣言というより自然な前提として引き受けている感じがありました。だからこそ、強い。

いまの時代、同じ商品を買うだけならネットの方が早いし、安いことも多い。それでも人が店へ行くのは、商品そのもの以外に会いに行っているからだと思います。棚の前で迷う時間や、店主の気配や、この街の中でその店まで歩く感じまで含めて、店の体験になっている。

だるまやは、まさにそういう店でした。レコードが好きな人はもちろん、これからもう少し知ってみたい人にとっても、この店は入口になる。ジャンルを押しつけられる感じはない。でも、掘れば掘るほど面白い。しかも、その掘る時間のそばには、ちゃんと人の気配がある。

「たぶん死ぬまでやると思います笑」

この言葉には、妙な気負いがありません。大きな夢を掲げるというより、自分が続けるべきものを、もう静かに受け入れている人の言葉でした。

池袋でレコードを探すなら、ぜひ一度足を運んでみてほしい店です。たくさんの在庫に出会うためでもあるし、長く続いてきた店の呼吸に触れるためでもある。そして何より、レコードが最後には”人”に戻ってくるものだと、この店で自然にわかる気がするからです。

だるまや

だるまや
東京都豊島区東池袋

スケートアント

記事を書いた人:
スケートアント
クラブミュージックを軸に、長く“音の鳴る場所”を歩いてきた現場型の音楽好き。DJとして前に出るよりも、フロアの空気や人の動き、音が場をどう変えるかを見るのが好きです。知識を振りかざすより、まず体感。熱やグルーヴ、偶然の出会いを大事にしながら、店と街に流れる“生きた音楽”を伝えていきます。

レコ屋のヨモヤマ話

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