レコ屋の店主の方へのインタビュー連載”レコ屋のヨモヤマ話”。
神奈川県藤沢市にあるレコードサロン「THE REF.」。
店主の荒瀬さんは、もともとレコ屋を営んでいたわけではありません。渋谷のクラブ「Contact」で音響や照明などのテクニカル面を担当し、その後はスピーカーメーカーでも働いてきました。また、野外パーティー「rural」にも長く関わり、ダンスミュージックの現場をつくる側として活動してきた方です。
今回は、荒瀬さんに、音楽との出会い、野外パーティーやクラブでの経験、そしてTHE REF.で大事にしていることについて聞きました。
音楽やレコードに強く惹かれたきっかけを教えてください。
荒瀬さんもともとは、古着が好きだったんです。高校生ぐらいの頃から、いつか古着屋をやりたいなと思っていました。
両親が世界一周をしていたこともあって、海外に対する憧れもありました。大学生の頃に海外へ行って、そこでレイヴ(※1)やパーティーの文化に触れたんです。そこで、ダンスミュージックの世界にずるずると入っていきました。
レコード自体は、大学に入るタイミングで両親にレコードプレーヤーを買ってもらったのが大きかったですね。最初はヒップホップやR&Bあたりから入っていきました。
でも、自分にとって一番大きかったのは、曲というより体験なんです。
特に衝撃的だったのは、アンダーワールドを初めて聴いたときですね。千葉の幕張メッセで開催されていたエレクトラグライド(※2)だったと思います。
友人に誘われて行ったんですが、その頃はまだ、自分自身そこまでエレクトロニックミュージックに強く興味があったわけではなかったんです。でも実際に行ってみたら、もうすごくて。
その空間そのものが、『なんだこれは』という体験でした。それが、自分にとって大きなきっかけだったと思います。音楽には、人の意識を変容させる力があるんだと、そのとき強く感じたんです。
(※1)レイヴ:テクノやトランスなどのダンスミュージックを中心に数万人規模で数日間開催される非日常的なイベント。
(※2)エレクトラグライド:1990年代後半から2010年代にかけて、晩秋の季節に幕張メッセなどで開催されていたオールナイトの屋内型音楽フェス。
その後、ご自身で野外イベントを始められたんですよね。
そうですね。1年海外一周して帰ってきたタイミングで、同じようにカナダから帰国した友人がいて。海外で自分たちが体験してきたような野外イベントの空気感とか、当時の日本にはあまりなかった音の方向性を、自分たちでやってみようかってことで、2009年に「rural」(※3)を始めました。
ゼロからのスタートで、人脈も運営経験もない中、2010年に初めて海外アーティストを招聘しました。
しかし当時は力不足もあり、結果は厳しいものでした。
その経験をきっかけに、このままではいけないと考え、野外イベントの運営に必要なことを一つひとつ学びながら、少しずつ仲間を増やしていきました。
(※3)rural:2009年に始まった日本の野外エレクトロニック・ミュージックフェス。自然の中で音に深く浸る体験を軸に、国内外のアンダーグラウンドな音楽を紹介してきた存在です。

たしかに、話を聞いていると、曲よりも体験する場所をつくっていくことに、力を注いでいったんですね。
はい。さらに、イベント運営だけでなく、日常からアーティストの方や音の現場に関わる仕事をした方がいいと思って、三軒茶屋のspace orbit(※4)というお店に入りました。ブッキングをしたり、音響を学んだり、様々な現場に手伝いに行っていました。
その後、クラブでの音響や照明などのテクニカル面の責任者を経て、GENELEC(※5)というスピーカーメーカーで働きました。
振り返ると、自分は、“音楽を支える側”の仕事をずっとしてきたんだと思います。アーティストやDJとして前に出るというより、音が鳴る場所、人が集まる場所、その熱量をどう作るか。そこに興味がありました。
(※4)space orbit:靴を脱いでカーペットに寝転びながら過ごせる、居心地の良い雰囲気のカフェバー。アート展覧会やDJイベントが随時開催されています。
(※5)GENELEC:1978年にフィンランドで設立されたプロ用モニタースピーカーのメーカー。近年ではホームシアターやコンシューマー市場からも注目され、業界をリードしている。
体験場所をつくるため必要な経験をしっかり蓄積されてるんですね。では、THE REF.を始めたきっかけを教えてください。
藤沢に引っ越してきたのは、6年ぐらい前。昔から、いつか自分のお店を作りたいという気持ちはありました。海外で見てきたレコ屋の雰囲気がずっと頭に残っていたんです。
日本のレコ屋は、基本的にはレコードを探して、聴いて、買う、といった目的の場所というイメージが強かったんです。ただ、海外、特にドイツなどで見たレコ屋は、なんというか、のんびりしていたんです。ドリンクを飲めたり、レコードを買う目的がなくても、音楽の話をするために人が集まってくる。
そういう場所とそこで流れる時間がすごくいいなと思っていたんです。藤沢に引っ越してきて、近くにレコ屋さんがあまりないこともあって、自分が今まで見てきたこと、体験してきたこと、そして蓄積してきたスキルで何かできるんじゃないかと思いました。
この物件も、もともとはカフェだったんですが、ちょうど閉めるタイミングで、そこで働いていた知り合いに声をかけてもらいました。それで、この機会にチャレンジしようと。

THE REF.は「レコードサロン」という言葉が合う場所ですね。
そうですね。レコードを買うだけの場所というより、音楽が好きな人が集まって、話したり、聴いたり、飲んだりできる場所にしたいです。
会社帰りに寄ってくれる人もいますし、海外から来る人もいます。若い方や女性のお客さんも多いです。最近は、レコードを“聴くもの”としてだけではなく、ビジュアルとして興味を持つ方も増えていると感じます。
なので、初心者の方にも入りやすいように、聞いたことのある曲が入っているものや、雰囲気のいい一枚を選べるようなコーナーも作っています。カフェや部屋で流しやすいラウンジ系の音楽を探している方もいますし、年配の方がジャズ喫茶のような感覚で、レコードを聴きに来ることもあります。
レコードに関しては、バイヤー担当のAndyがかなり大きい存在です。彼はもともとはロンドンでレコ屋も経営していました。彼とは三軒茶屋のspace orbitで働いていた頃からのつながりです。自分がいまのお店の構想を話したら、『じゃあやろうよ』となって、レコードのセレクションを担当してくれることになりました。
セレクションとしては、テクノ、エキゾチック、ラテン、ワールドミュージック、イージーリスニングなど、いろいろなジャンルがあります。ただ、単にジャンルで分けるというより、空間やBGMとしてどう響くか、DJ目線でどう面白いか、そういう視点が入っています。

スピーカーはジェネレックですか?レコ屋としては、めずらしいですね。
そこは、やっぱり自分がやってきたことが出ていると思います。
一般的なレコード屋さんでは、ヴィンテージのオーディオシステムを使っているところも多いと思います。それももちろん魅力があります。ただ、うちの場合は、スタジオで音を作っている環境に近いシステムを使いたかったんです。
アーティストが込めた音のすべてが、聴こえる。そういう体験を提供できるかもしれません。
試聴用のヘッドホンにもこだわっています。いい音で聴きながらレコードを選んでもらいたい。コーヒーやビールを飲みながら、ゆっくり選べるようにしたいですね。
あと、その人がどういう時間を過ごしたいのか。たとえば、ひとりで静かに聴きたいのか、話したいのか、何かを探しているのか。お客さんの動きや雰囲気を見ながら、店内で流す音楽も少し変えます。
自分が好きな曲をただ流すだけではなくて、その人にとって心地よい時間になるかどうか。そこは意識していますね。

これから、THE REF.をどんな場所にしていきたいですか。
まずは、いまも大事にしていることを続けたいですね。お客さんには、あまりルールを設けずに、好きなように楽しんでもらいたいです。レコードを見てもいいし、ビールを飲んでもいいし、音楽の話をしてもいい。自由に過ごせる場所にしたいです。大きくしていきたいというより、この場所に来る人が増えて、自然に音楽の話が生まれるような場所にしていきたいです。
レコ屋だけど、カフェでもあり、バーでもあり、音楽を聴く場所でもある。そういう曖昧さがあるからこそ、いろんな人が来られると思っています。
海外のレコ屋で感じた、のんびり音楽の話をする空気を、藤沢で作れたらいいですね。レコードを買う目的がなくても、ふらっと寄れる。来たら何か面白い音が鳴っている。誰かと話せる。そういう場所でありたいです。
Recoya VIEW
THE REF.で印象的だったのは、荒瀬さんの「レコードを買う場所」にとどめない考え方でした。レコードを選ぶ、音を聴く、コーヒーやビールを飲む、音楽の話をする、DJイベントに参加する。そのどれかひとつだけが正解なのではなく、来た人が自分の過ごし方を選べる。そんな自由さが、この場所の空気をつくっています。
また、THE REF.には、荒瀬さんがこれまで関わってきた野外イベント、クラブ、音響の現場での経験が、自然に溶け込んでいます。大きな音楽体験をつくってきた人だからこそ、店内で流れる一曲や、お客さんが過ごす数十分の時間にも、細やかな意識をされています。
藤沢を訪れる際は、レコードを探すだけでなく、目的をもたずふらっと余白を持ってTHE REF.に立ち寄ってみてください。気になる一枚を見つける日もあれば、ただ音楽のそばで過ごすだけの日もある。そんな使い方ができるレコ屋です。