レコ屋の店主の方へのインタビュー連載”レコ屋のヨモヤマ話”。今回は、大阪市心斎橋の Plantation を訪ねました。

心斎橋は、音が多い街だ。人の足音、店から漏れてくるBGM、信号の電子音、呼び込みの声。情報が、絶えず流れている。そんな通りから少しだけ角度を変えると、Plantationの入口がある。
ドアを開ける。空気がほんの少し変わる。棚に並ぶレコードとカセット、それは商品というより、どこか生活の道具のように見える。ジャケットの手触り、ケースの擦れ、背表紙の文字。過去から今へ繋がっていくメディアのように思える。
店主の丸橋さんは、こちらを見て冗談を言う。
そんな他愛もない言葉がこちらにも自然に伝染して、店の空気を明るくする。Plantationは、”選ぶ場所”というより”出会う場所”だ。目的の盤がある人も、なんとなく立ち寄った人も。心斎橋の速度から、少しだけ距離を取る。その感覚が、まず心地いい。

Plantationの棚は一見するとオールジャンルだ。ロック、ジャズ、カセット、ワールド。でも、ただ並べているわけじゃない。丸橋さんの話を聞いていると、ジャンルの背後にひとつの“軸”があるのがわかる。国や言語を横断する”ワールド”の視点。丸橋さんは長くレコ屋の現場にいた。中古盤の世界の熱量も、買い付けの駆け引きも、そして市場の変化も見てきた。だからこそこんな言葉が自然に出てくる。
ワールドミュージックの世界は、正解が少ない。だからこそ、聴いて、比べて、迷って、選ぶ。そのプロセス自体が“体験”になる。だから聴く。もう一度聴く。
丸橋さんがワールドミュージックに向き合うきっかけになったのは、レコード店に勤めていた頃。お店で”アジアの音楽”という新たなジャンルを扱う話が出た。もともとアジアを旅してみたい気持ちがあったという。そこにひとつの音が加わった。インドネシア人のアーティスト、スーディア(Su’udiah)の『ブンガ・ダリア(Bunga Dahlia)』だった。
資金は潤沢ではない。一泊300円ほどの安宿に泊まりながら、アジア各地をまわる買い付けの旅が始まった。日程は6日、その間に4カ国。無茶なスケジュール。しかし、そのような旅は20年近く続く。時には、短いときは3日ほどの滞在でも、何度も足を運んだ。インドネシアには、気がつけば100回以上行っていたという。

ここで、丸橋さんは、ひとつの発見をする。レコードではなく、カセットが主流の国だった。丸橋さん自身も、カセットにのめり込み、デッキを何台も潰したという。笑いながら語るその話は、音楽を”集めた人”ではなく、音楽を“使ってきた人”の言葉だ。インドネシア、パキスタン、東南アジア各地と、国が違えば音楽の空気も変わる。
言葉や文化、生活のリズムによって、音の表情を変えていく。ワールドミュージックの面白さは、まさにそこにある。Plantationの棚には、その土地の空気がそのまま並んでいる。

“人生を変えた一枚”を尋ねる。丸橋さんがあげたのは、豊田勇造の『血を超えて愛し合えたなら』。ジャマイカのトップミュージシャンをバックに、日本語でレゲエを歌う。
ただ、それは挑戦というより、反復の延長だったのかもしれない。一度聴いて終わりではなく、何度も聴く。繰り返し聴く。そうしているうちに、音が身体に入ってくる。そして、いつのまにか”行ってみる”という選択につながる。
丸橋さんは、新しいことを次々試すタイプではない。自分が深く入っていける範囲を見つけると、その中でとことん向き合う。だからこそ、音楽は単なる趣味ではなく、人生を動かす力になったのだろう。

Plantationの棚にも、そういう音が多い。名盤の肩書きが強いというより、”誰かの人生に作用してきた音”の気配がある。
言語がわからなくてもいい。声の温度。リズムの揺れ。そこから遠い土地の生活が、ふっと立ち上がる。人生を変えるのは、派手な主役の一枚だけじゃない。ふいに出会った音が、後から静かに地図を書き換えることもある。Plantationは、そういう音に強い店だ。

Plantationが心斎橋にあるのは、この店の棚の成り立ちと相性がいい。大阪は昔から、違うものが同居する街だ。雑多で、境界が曖昧で——そのぶん、新しいものも生まれる。
大学時代、自己主張の欲求が強かった丸橋さんにとって、当時の大阪アメリカ村は風通しのいい場所だったという。少し変わった格好をしても、面白がって受け入れてくれる。
そして、90年代の心斎橋周辺にはハードコアな空気もあった。”狂ったやつがいっぱいいて、怖かった”と笑いながら話す。怖いのに、惹かれる。そういう場所に、人は集まり、音も集まる。その後、商業化が進んで自由な雰囲気が薄れていった。時代は変わる。街も変わる。
それは後悔ではなく、問いだ。派手に拡大するわけでもなく、効率よく広げるわけでもなく。ただ同じ範囲を深く掘る。けれど、その反復があったからこそ、いまの棚がある。
変わり続ける街の中で、変わらずに音と向き合う姿勢。それも、ひとつの強さだと思う。

丸橋さんがはっきり言う。
かつて自分が邪険にされた経験があるから、同じことをしたくない。店の入口を狭くしたくない。最近、若いカップルが来店したという。音楽に詳しいわけではない。でもタイのカセットやボサノヴァ、中国語の音楽を面白がっていた。その光景が新鮮だったらしい。詳しさより、面白がり方。Plantationはそこを見てくれる。

初心者がこの店を楽しむコツは、簡単だ。
“何でも聴いてます”より、”今日はこういう気分です”。それだけで棚はすこし動く。旅っぽい音、夜の音、言語が面白い音。曖昧でもいい。言葉が、棚の中の無数の候補を、少しだけこちらに寄せてくれる。
迷ったら、ジャケットでもいい。丸橋さん自身も、クラシックは“よほど良いとわかっていない限りジャケ買い”だと言う。知識より直感。そのあと耳で確かめる。初心者に必要なのは、正解じゃなく試せる場だ。Plantationは、その場としてとても優しい。

丸橋さんのルーツは、音楽の“好き”だけでは説明できない。3歳から小6までバイオリンを続けたが、本人は”大嫌いだった”と笑う。
転機は小学3年。父親の書斎で見つけた一枚。デイヴ・ブルーベックの『Take Five』。
一日に30回。電気ストーブを叩いてリズムを取るほど繰り返し聴いた。”同じことを繰り返すのが心地いい”、その感覚が、自分を形作ったという。中学でビートルズを知り、パワーポップのラズベリーズやロックバンドのスレイドへ。来日公演では3階席から前方へ走り、椅子の上で踊った。音楽が“理屈”ではなく“身体”に刻まれた瞬間だ。

初めて自分のお金で買ったLPは、カーティス・メイフィールド『スーパーフライ』。大学時代は服屋でアルバイトをし、ソウルマニアの店長の音楽に刺激を受ける。隣のレコ屋に通い詰める。そしてこんな言葉が出てくる。
音楽とは、次々に新しいものを求める行為ではなく、同じ音を何度でも確かめ続ける時間なのかもしれない。

ワールドミュージックは、遠い国の飾りではない。丸橋さんはさらりと、こう言う。
民謡でも、ポップスでも、プログレでも、ジャズでもいい。棚の中で境界がほどけた瞬間に、音は“世界”になる。
そして、その世界は英語圏の外側だけを指す言葉でもない。だからPlantationで出会ってほしいのは、知識の正解じゃない。うまく説明できなくても、身体が反応する瞬間。
だから耳が主役になる。聴いた瞬間にピンと来ることもあるし、よくわからないまま持ち帰って、数日後に突然ハマることもある。その遅効性が面白い。
わからないまま手に取る。繰り返し聴く。そのうち、少しだけ世界の見え方が変わる。丸橋さんが何十年もやってきたのは、その反復だ。
同じ範囲を掘り、同じ音を聴き、同じ姿勢で棚に置く。心斎橋のど真ん中で、世界の音が静かに着地する場所。
Plantationは、音楽を知識ではなく、生活のリズムとして手渡してくれる。
派手に人生を変えなくていい。ただ、繰り返し聴きたくなる一枚に出会えたら、それで十分だ。
Plantationは、そういうレコ屋でした。
