豊橋で、レコードが人との距離をつくる。LiE RECORDS(愛知県豊橋市)#3

レコ屋の店主の方へのインタビュー連載”レコ屋のヨモヤマ話”。今回は、愛知県豊橋市の LiE RECORDS を訪ねました。

 

lie records

LiE RECORDS
愛知県豊橋市神明町


 

ガラス戸の向こうの静けさ

水上ビルの通路を歩く。外壁は少し荒く、風の通り道みたいな顔をしている。
その一角だけ、ガラスがきれいに光っていて、控えめなサイン”LiE RECORDS”。

入口のそばに、黄色い椅子がぽつん。待ち合わせ用というより、気持ちを落ち着かせるための“余白”に見えた。

引き戸を開けると、天井が高い。白い天井に配管が走り、裸電球が点々と吊られている。床は深い緑。窓が大きくて、光が棚の背を均一に照らす。静かなのに、緊張感がない。

店内の空気は“整っている”けれど、“息苦しくない”。雑多さを排除したというより、嫌なことを減らしていった結果の整い方だ。ぶつからない動線。伸ばしやすい棚の高さ。視線が迷わない棚割り。選曲は、空間の温度を決める。店主の平松さんは“その日”に合わせて音を置く。

「天気だったり、来客がわかってる方とか、実際に店舗でレコード見ている方との最小公倍数というか。。。一番このタイミングで流したらいいじゃないかなっていうのを」

“見せる”より先に、“居心地を整える”。そんな空間に感じた。

レジ前の水槽の水草が揺れていた。生活感があるのに、雑味にならない。奥の階段が上へ伸びていて、上が住居だと聞くと腑に落ちる。店が”店舗”としてだけでなく、生活の延長として息をしている。窓辺には植物があって、光を受けて静かに影を落とす。店内の奥にはDJブースの気配もあり、レコ屋でありながら“聴く”と“鳴らす”が同じ床の上に置かれている。

“何でも起こりうる”棚の背骨

LiE RECORDSはオールジャンルに見える。でも、何でもある店ではない。“何でも起こりうる”店だ。

棚の背骨は、日本のポップス、ロック、ジャズ。そこにヒップホップ、歌謡曲、ソウル、レゲエ、ワールド、実験音楽やノイズまでが混ざっていく。ジャンルの正解で棚を固めるというより、流れ込んできた音を、気持ちよく見える形へ整える棚だと思った。

白い箱棚の上にメモや付箋。ジャケットが面で見える棚。裸電球の光が紙の角を照らして、質感が立つ。棚が語ってる——そう感じるのは、情報量のためじゃない。手間が、棚の表情になっているからだ。

棚の中身は、いわゆる“名盤の教科書”だけに寄らない。70〜80年代のシティポップやAOR、定番のソウルも、ちゃんと手に取られていくという。カーペンターズがすぐに抜けていく話を聞くと、棚の向こう側に、家族や世代の気配が見える。

「制服のまま学校帰りにレコードプレーヤー買っていくお客さまもいますよ」

その言葉を思い出すと、棚の向こう側に、家族や街の時間が見える——そういう土地の温度が、ここにはある。

そしてこの店は、ジャンルを“聴き方”にも伸ばしている。プレーヤーやカートリッジが展示され、入口の近くに”最初の一歩”が置かれている。プレーヤー購入者には、手に取りやすい価格帯のレコードを数枚渡す仕掛けもあるという。入口で迷う時間を、少しだけ短くしている。

そして、ここからがこの店の肝だと思う。

平松さんは、棚をただ並べているのではなく、お客様が“嫌と思うかもしれない理由”を一つずつ消している。

レコードは一枚ずつ検盤し、必要があれば補修し、クリーナーで丁寧に整えて棚に出す。盤面だけじゃない。袋の内側、紙の端、手が届くところまで気を配る。

「嫌だなと思う理由を一つずつ潰していくような考えでやってて」

その言葉は、棚の整い方そのものだった。

店内のDIYも同じ線の上にある。スペースエイジの匂いがする、宇宙っぽい白と緑の設計。壁も天井も床も、自分の手でつくった。

「40〜50歳になるとだんだん辛くなってくるだろうから、できる時に一回やってみたいこと全部やってみようっていうので」

この店の“整い”は、センスの話というより、覚悟の話だ。

針を落とす前の、あの間

平松さんが23歳の頃。ライブ会場の物販に、レコードが置いてあった。サニーデイ・サービスの曽我部さんが関わるソロ/周辺のバンドの一枚だったという。

「ライブ会場に行ったらレコードが置いてあって、”あ、レコードってやつじゃん”って思って。レアそうだし、買ってみようかな、サインももらえるしって」

動機はあっけないほど素直で、でも、その素直さが人の人生を動かす。

当時は、レコードプレーヤーを持っていなかった。買ったのに、聴けない。普通ならそこで止まる。けれど平松さんは止まらなかった。レコードを買って、もっていなかったプレイヤー買ってと、順番が逆のまま、生活が組み替わっていく。

最初に手に入れたのは、立派な機材ではなく、検索窓に”レコードプレーヤー”と打ち込んで出てきた、手頃なものだった。

「動かし方も…針って何?みたいな。そこからなんですよ」

“わからない”のまま始める。レコードの入口としては、むしろ正しい姿に見えた。

28歳の平松さん、台湾のレコ屋にて。

レコードの魅力を、平松さんは“音だけ”では語らない。

「針を落として、ちょっと間があって、音がたちのぼるまでのあのドキドキはデータとは違うと思います」

データのようにいつでも同じ音が鳴るのとは違う。レコードは“いま、この音しか鳴らない”瞬間がある。聴き続ければ音も少しずつ変わる。

面倒くさい。たしかに。でも、面倒くささが、音楽を手のひらに戻してくれることがある。ジャケットの絵を眺め、紙の匂いを吸い、針が溝をなぞる音を待つ。紅茶を淹れて、本を閉じる。そういう日常の所作の中に、音楽が収まる。

平松さんはかつて3,000枚ほどのレコードを集めていたという。“聴けない音を探す”時代があった。聴けないなら探す。探して見つける。少し遠回りをする。その積み重ねが、棚になった。

旅先で買った盤が、妙に鮮明に記憶に残ることがある。音と一緒に、場所や季節や空気が折り畳まれているからだろう。ここで語られるレコードは、いつも“音源”ではなく“出来事”に近い。

豊橋で、地元の速度で

お店の話を続けると、自然と豊川・豊橋(豊川から豊橋に移転)の存在が立ち上がる。店が多く、選択肢が多い都市。そのぶん、街の速度も、棚の速度も違う。

平松さんは、豊橋という地場に腰を据えた。

「普通に働いていたら、こんなふうに本当におもしろいと思えるカルチャーを楽しみながら地元で働くなんてできなかった。こういうチャンスは田舎だからこそあるんじゃないですかね」

その言葉は、静かだけど強かった。

豊橋のことを聞くと、少し笑いながら、土地の“ゆるさ”に触れる。

「この地域って、意外とみんなちゃんとお金持ってて、だけどすることがない場所で(笑)。商売するのには向いている土地柄なのかもしれないって今は思います」

暮らしの手触りが残っていて、変わった挑戦も自然に受け入れられる。近所の年配の方が、昔のレコードを売りに来てくれる。そういう循環が、棚を育てる。

大都市の文脈に飲み込まれず、個人の生活がそのまま店の形になる。水上ビルの古さも、ここでは欠点じゃない。飾りすぎず、棚の精度で勝負できる。

LiE RECORDSは、その呼吸で成り立っている。

最初の一枚は、軽くていい

来客の層はビギナーも多いという。初心者への言葉は、意外なほど現実的だった。平松さんは初心者の気持ちを、よく知っている。だから入口で“正しさ”を固定しない。

「”レコードを聞いてみたいけれど、何が聞きたいか分からない”というのは、この現代ならではの回答だなと思います」

迷うのは、悪いことじゃない。むしろ、迷うところから棚は開く。

プレーヤーは”予算と見た目でいい”。部屋に置いて気分が上がるものから始めればいい。音質を突き詰める楽しみは、その後いくらでも来る。

なるほど。入口で“正解”を固定しないから、始められる。

盤選びも同じだ。まずは自分の興味の棚へ。迷ったら、店主に預けてもいい。初めての一枚は責任重大だから、ついビートルズに寄ってしまう——その人間味も、押し付けにならない。

そしてこの店が大切にしているのは、棚の“気持ちよさ”だ。整った棚は、触る人の手も丁寧にする。注意の多さではなく、導線の良さで、所作が自然に整っていく。一枚でもいい。自分のペースで選んで、気持ちよく持ち帰る。それが、ここでの正解だと思う。

入口に”New Arrival”が用意されているのも、いい。人は“最初の一歩”で歩き出せることがある。家に帰って、針を落として、もう一度ひっくり返して——その繰り返しが、いつの間にか生活になる。

“普通じゃない仕事”を選んだ理由

平松さんは東京で、介護施設の事務員として働いていた。待遇も勤務時間も整っていた。それでも、ふと”普通じゃない仕事”をしてみたくなった。

「自分に何ができるかなと考えたとき、もともと音楽が好きでレコードはずっと集めていたのが唯一の取り柄だなと。」

突然レコード店を始める流れになり、頼りにしたのが広島のレコ屋。仕入れや買取の最低限のノウハウを、短い時間で教わったという。

そして2020年に開店した。最初期は今ほど物量は多くなかったらしい。けれど平松さんには、もともとのコレクションと、長い探索の積み重ねがあった。ロック、ジャズ、ヒップホップ、歌謡曲、クラシックまで。新譜も中古も混ざる。棚は、趣味だけではなく、生活としての選択でできている。

棚を支えているのは地元からの買取だ。

「いまは地元のお客さまからの買取が増えて、自分のものは1割にも満たなくなりました」

つまりここは、店主の趣味の陳列というより、街の記憶の受け皿だ。

そして、平松さんの思想は、盤の表面に出る。1枚ずつ検盤し、必要なら補修し、クリーナーで磨く。次の人が気持ちよく針を落とせる状態へ整える。目立つ宣言はない。けれど、触るとわかる。誠実な掘りは、音より先に、手触りに宿る。

名盤より、”いま必要な盤”へ

平松さんは、もともとコミュニケーションが得意ではない。人混みも苦手で、基本的には一人で過ごしたい。

「小学生の頃からもうそうなんですよ、全然。僕はもう…苦手なんですよね」

それでも、店を開ける。棚を整える。人が来る場所をつくる。
その理由が、レコードだった。

「自分にとっては唯一のコミュニケーションの武器というか。…こういう一つクッションになるツールがあると」

レコードが間にあると、人と人の距離が少しだけ自然になる。会話が“音”を経由する。直接ぶつからずに、同じ棚の前に立てる。

そして、その距離感が、店づくりの丹精に繋がっている。

人と話すのが得意じゃないからこそ、空間で伝える。棚で伝える。盤の清潔さで伝える。

「なるべく綺麗にして、なるべく安く売る。まず失敗することは…綺麗さはめっちゃ思いました」

お客さんに対して、言葉より先に“気持ちよさ”を渡す。明るい窓。白い棚。緑の床。裸電球の点。水槽の揺れ。入口に用意された最初の一歩。

“名盤”より、“いまの自分に必要な盤”。

その一枚に出会うための入口として、この店は静かに磨かれている。

LiE RECORDSは、そういうレコ屋でした。

 

lie records

LiE RECORDS
愛知県豊橋市神明町


 

トーン

記事を書いた人:
トーン
ロックやジャズなど文化系レコードを長年ディグり続けてきたコレクター。音楽を”歴史の地層”と捉え、店主の背景や棚の文脈を大切にしています。マウントや“軽い消費”は少し苦手。静かな温度で、店の思想を言葉にしていきます。
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