浅草で、笑顔のやさしさに触れる。Music Mates(東京都台東区)#5

レコ屋の店主の方へのインタビュー連載”レコ屋のヨモヤマ話”。今回は、東京都台東区浅草の Music Mates を訪ねました。

 

Music Mates

Music Mates
東京都台東区浅草


 

観光の途中で、緊張がほどける

Music Mates 外観

浅草って、行く理由が多い街です。お寺もある。仲見世もある。老舗のお店もある。歩いてるだけで、ちょっとテンションが上がる。

でも、そんな街でふと見つけた一軒が、その日いちばん記憶に残ることってありますよね。Music Matesは、まさにそういう店でした。

レコード店って、正直ちょっと緊張します。え、入って大丈夫?詳しくないけど平気?何も買わなかったら気まずい?でも、この店はその緊張を、入口の時点でやわらげてくれました。

Music Matesの前に立つと、まず安心します。ガラス越しに店の中が見えるんです。これ、大きい。白を基調にした明るい空間に、レコードがきれいに並んでいる。いわゆる“圧”がない。レコード店なのに、自然と構えずに入れる感じがありました。

Music Mates 店内

中に入ると、その理由はもっとはっきりします。店主の一郎さんの空気がやわらかいんです。こっちのペースを急かさない。話しかけやすい。初心者でも、変に試される感じがない。

あ、この人には”それってつまり、どういうことですか?”って聞いていいんだ。そう思えました。

一郎さんはこんなふうに話してくれました。

「観光の一端で立ち寄ってくれて、”懐かしいね”と言ってもらえるのが嬉しい。」

この言葉、いいですよね。“買ってくれて嬉しい”の前に、“立ち寄ってくれて嬉しい”がある。だから、もう一つの言葉もすっと入ってきます。

「別に入ってきて買ってもらわなくてもいい。雰囲気を楽しんでもらえれば。」

え、やさしい。初心者、かなり救われます。レコ屋って、何かを買うぞと気合いを入れて入る場所だと思っていたけれど、ここは違う。まず空気を味わっていい。ちょっと見ていい。ちょっと話していい。それだけで歓迎される感じがありました。

一郎さんの原点は、“毎日聴ける”ことだった

ソノシートやレコードのイメージ

ここで”この店、なんでこんなに入りやすいんだろう”と思って、一郎さんの原点を聞いてみたんです。すると、そこに出てきたのがソノシートでした。

え、なにそれ?となる人もいますよね。ぼくも最初そうでした。薄い、ペラッとしたレコードみたいなもの。昔、雑誌や絵本と一緒についていた音のメディアです。

入口になったのは、父が聴いていた植木等の『スーダラ節』。そこに、小学生の頃に買ってもらった加山雄三の『夕陽は赤く』、そしてウルトラQのソノシートが重なっていったそうです。

つまり最初の原点には、ちゃんとお父さんの聴いていたジャンルがある。しかも、その流れはいまも続いていて、現在の店の軸にもつながっています。

一郎さんは東京の下町、大島の工場地帯で育ちました。外で遊ぶより、家の中で過ごす方が好きだったそうです。漫画を見て、絵を眺めて、ソノシートを聴く。しかも当時は、ビデオがない時代。テレビで見逃したら、それで終わり。だからこそ、家で何度も聴ける音のメディアは特別だったんです。

ソノシートやレコードの詳細

一郎さんの言葉が印象的でした。

「ビデオがない時代、一回見逃したらもう見られない。ソノシートならオリジナルの主題歌が毎日聞ける。」

なるほど。これ、ただの懐かし話じゃないです。“好きなものを、自分のタイミングで、何度でも味わえる”。その感覚が、一郎さんの中でずっと大事だったんだと思います。

しかも、家では”レコードは高いからダメ。本ならいい”と言われていたそうです。だから漫画雑誌は買ってもらえた。でもレコードは簡単じゃなかった。

この感じ、なんかリアルです。好きなものがある。でも、全部は手に入らない。だからこそ、手元にある一枚や一冊を繰り返し味わう時間が濃くなる。音と絵が、最初からセットで入ってきている。だからこの店には、音楽だけじゃない“記憶の手触り”があるのかもしれません。

はじめて自分で買った一枚から、人生が少し動き出す

南沙織のレコードや関連イメージ

一郎さんが初めて自分のお小遣いで買ったレコードは、中学一年の時の南沙織『17才』だったそうです。きっかけが、ものすごく素直です。テレビで見て、”すごく可愛いな”と思った。だから買った。そういう最初の一枚、めちゃくちゃ大事な気がします。

ただ、その前にはもう、家の中で父の聴いていた音や、自分で買ってもらった加山雄三、ウルトラQのソノシートがあった。だから南沙織の一枚は、ゼロから始まったというより、家の中で育っていた“聴く楽しさ”を、自分の意志でひとつ選び取った瞬間だったのかもしれません。その小さな主導権が、一郎さんにとってのレコードの始まりだったんだと思います。

レコードを聴くイメージ

そのあと中学では、音楽に関心のある友人の家に行って一緒に聴くことが多かったとのこと。そこでロックをはじめ、いろいろな音楽を知っていったそうです。

一人で家の中で何度も聴く時間がある。でも一方で、友人の家で、自分ひとりでは出会わなかった音にふれる時間もある。その両方が、店主の中で少しずつ音楽の世界を広げていったのだと思います。

そして、その先には芸能の現場がありました。歌手の近くに行ける。舞台に立つ。踊る。え、急に人生のスケールが変わる。でもよく考えると、ソノシートで“遠くの世界”を家に持ち込んでいた少年が、今度はその世界の近くに行くわけです。そう思うと、ちゃんとつながってるんですよね。

“見られる笑顔”から“迎える笑顔”へ

一郎さんのポートレート

ダンサー時代の一郎さん。当時の仲間たちとの一枚。

今回いちばんグッときたのは、ここでした。一郎さんは若い頃、芸能の世界に入り、踊り、歌い、グループでデビュー寸前までいったこともある。その後は長くディズニーランドでダンサーとして働き、ショーやパレードにも立ってきました。

すごい経歴です。でも、本当におもしろかったのは“すごい”その先でした。

一郎さんはこう言います。

「ディズニーに入って180度考えが変わったんです。」

何が変わったのか。それは、笑顔の向きでした。

若い頃は、目立ちたい、モテたい、キャーキャー言われたい。そういう気持ちがあった。すごく正直だし、むしろ信頼できます。でもディズニーに入ってからは、自分を見せるための笑顔ではなく、相手を笑顔にするための笑顔に変わった。

「今までの笑顔はちょっと気取った笑顔。でも、入ってからは相手の笑顔のための笑顔になった。」

この言葉、強いです。それってつまり、主役が“自分”から“目の前の人”に変わったってことですよね。

店内の一郎さん

Music Matesで感じた、あの話しかけやすさ。初心者でも置いていかれない感じ。買わなくても大丈夫だと言ってくれる感じ。全部ここにつながっているんだと思いました。

しかも一郎さんは、ダンサーのあと、長く衣装の裏方も経験しています。表にも立つ。裏でも支える。どちらをやっても結局、人の時間をよくする側にいる。この人の店がやさしいのは、たぶん偶然じゃないです。

浅草という街に、こういう店がある意味

浅草の街並みと店舗周辺

Music Matesがある場所は、もともとは親族が関わってきた場所で、ひょんなところから、家族の中で”この場所をどうするか”という話になった。

一郎さんの言葉が印象的でした。

「この場所は残したいって親族が何人かいて。」

この一言だけで、ただの空き物件じゃないことがわかります。思い出がある。暮らしがある。浅草の一角に、ちゃんと続いてきた時間がある。だから、ただ手放すんじゃなくて、何かの形でつなぎたかった。

そこで思い出されたのが、一郎さんが昔から口にしていた”レコードを売ってみたい”という気持ちでした。中学二年生の頃から少しずつ集めてきたレコード。四十歳前後には、近所に住んでいたソノシートの大コレクターに会いに行って、本格的に収集の世界にも入っていく。

“見せてもらう”ことから始まって、コレクションが深まっていった。この流れ、いいですよね。誰かに見せてもらって、教えてもらって、世界が広がる。いま一郎さんが初心者にやさしい理由、ここにもある気がします。

店内やコレクションの様子

そして家族の事情と、自分のタイミングと、長く積み重ねてきた趣味が重なって、この店が始まった。一郎さんはそこを、肩肘張らずにこう言いました。

「全部タイミングですね。本当に恵まれてるというか。」

自慢じゃない。でも、縁に感謝している。そういう一郎さんだから、この店にも無理な力が入っていません。そしてお店と街の接点。一郎さんはこう話してくれました。

「下町ならではの付き合いができてるんです。」

この話、すごくいいなと思いました。なぜかというと、Music Matesが“浅草に出店した店”じゃなくて、“浅草の流れの中にある店”だとわかるからです。観光地って、どうしても消費のスピードが速くなりがちです。新しい店ができて、にぎわって、また入れ替わる。でもこの店には、それとは違う時間が流れている。

浅草の街並みや店周辺の風景

もちろん、街が変わっていることも一郎さんはちゃんと見ています。

「浅草も全部変わっちゃってますけど、ここはまだ縁があるんです。」

昔がよかった、だけじゃないんです。変わっていく街を見ながら、それでも残る縁がある。その中でこの店をやっている。だからMusic Matesは、旅人にとってはふっと出会う店でありながら、地元の人にとっては“どこか前から知っている感じ”も持っている。この二つが同時にあるの、おもしろいです。

浅草という街の観光の明るさと、下町の記憶。その間にMusic Matesがある。それだけで、ちょっと行ってみたくなりませんか?

初心者にも、旅の途中の人にも、ちゃんとやさしい

店内や棚の様子

オープンしてまだ間もないのに、来店の8〜9割が外国人。え、そんなに?と思いますよね。一郎さん自身もそこまで多いとは思っていなかったそうです。だから洋楽、とくにジャズの棚も増やした。現実に合わせて変えるところは変える。でも一方で、昭和っぽい空気や、懐かしさのあるディスプレイは守っている。変えるものと、変えないもの。その線引きが、店としてすごく自然でした。

取材の最後に、”この店を出た人にどう思ってほしいですか”と聞いた時、一郎さんは迷わずこう答えました。

「”いい店だったな”ですね。」

シンプル。でも、強いです。

レコード店の魅力って、いろいろあると思います。知識がすごい。棚が鋭い。珍しい盤がある。価格がいい。そういう魅力ももちろん大事です。でもMusic Matesは、それだけでは記憶に残る店じゃない。

一郎さんの笑顔がある。家族の時間が流れてきた場所がある。浅草という街のにぎわいと、その裏側に残る縁がある。そして、初心者でも旅の途中でも、ちゃんと受け止めてもらえる空気がある。そういうものが重なって、最後に残るのが“いい店だったな”なんだと思います。

一郎さんは、最後まで変わらずこう話していました。

「雰囲気を楽しんでもらえれば。」

この言葉、Music Matesそのものですよね。レコードを買うことがゴールじゃなくてもいい。何か一枚に出会えたらうれしいし、出会えなくても、この店に寄ったことで少し気分が上がったなら、それで意味がある。

浅草で、レコードを探す日。あるいは浅草を歩いていて、なんとなく気になって入る日。どっちでもいいと思います。たぶんこの店は、そのどちらにもちゃんと応えてくれます。

Music Matesは、“知らない”まま入っても、ちゃんと楽しめます。

 

Music Mates

Music Mates
東京都台東区浅草

フォノイコ

記事を書いた人:
フォノイコ
レコードカルチャーの外側から、この世界に足を踏み入れようとしている初心者代表。難しいことはまだわからないけれど、だからこそ見える驚きや発見を大切にしています。“知らない”を恥じずに持ち込みながら、店主の言葉や棚の魅力を、自分と同じはじめての人にも届くように翻訳していきます。
レコ屋のヨモヤマ話
関連記事サムネイル
関連記事サムネイル
関連記事サムネイル
関連記事サムネイル