レコ屋の店主の方へのインタビュー連載”レコ屋のヨモヤマ話”。今回は、愛知県名古屋市千種区の hair & music parlour FAM を訪ねました。

名古屋・池下の住宅街を歩いていく。駅前のテンションが少しずつゆるんで、街の空気が落ち着いてくる。その流れの先で、ふっと空気が変わる場所がある。hair & music parlour FAM(以下、FAM)。外から見た時点で、もうちょっといい。
大きな窓。植物の気配。棚の奥に見える灯り。派手ではない。でも、ちゃんと“場”がある。レコード店って、たまに少し身構える。静かすぎたり、詳しくないと入りづらそうだったり。でもFAMは、その最初の緊張がすっとほどける。木の什器、吊られたバッグ、壁の色、丸い照明。センスはあるのに、気取りすぎていない。
しかもこの建物、1階がレコード店で、2階には美容室。こちらも、大きな窓から光が入って、植物や家具の配置まで気持ちいい。美容室というより、街に浮かぶラウンジみたいな空間だった。

1階も2階も、どちらも“人が長くいたくなる場所”としてつくられている。レコードと美容室。別の目的なのに、流れている感覚はかなり近い。物を買う、髪を切る、で終わらない。少し整う。少し視界が変わる。FAMの魅力は、たぶんそこから始まっている。

この店の空気をつくっているのは、棚だけじゃない。たぶん最初に効いてくるのは、店主の稲垣さんの距離感だ。稲垣さんはDJ活動されていて、ton(トン)さんの名で親しまれている。
レコード店の店主といえば、無口で、少し近寄りがたくて、詳しい人だけが自然に話しかけられる。そんなイメージを持つ人も、まだ少なくないと思う。でもtonさんは、そういう空気をなるべくなくしたいと言う。
人は好き。でもシャイで踏み込めない。その感覚が、そのまま店の空気になっている。近すぎない。遠すぎない。でも、ちゃんと開いている。だから、レコードに詳しくない人でも入りやすいし、「このレコードどうなんですか」と聞ける。FAMのやさしさは、ただ愛想がいいという話じゃない。相手のテンポを見ながら距離を調整する、かなり繊細なやさしさだ。

FAMがいいのは、深いのに入口があるところだ。店には新入荷の棚だけでなく、さらに店舗おすすめタイトルのコーナー「FAM Favorites」もある。掘る人は自由に掘ればいい。でも、まだレコード店に慣れていない人にも、「まずここ見てみて」がある。これはかなり親切だ。
見た目はセレクト感があるのに、“分かる人だけの店”にしていない。この言葉どおり、常連さんは近所のおじさんから中学生まで幅広い。おじいちゃんのレコードが家にあって興味を持った子や、高校生でDJをやりたいと相談に来る子もいるという。

その象徴みたいに感じたのが、コメントカード。ジャケットに添えられた熱いコメントが、「なんか気になる」を起こしてくれる。しかもFAMでは、売れたあと値札部分だけ切り取り、コメント部分はお客さんに渡しているという。
あの言葉は売り場のためだけじゃない。買ったあとも、その盤と一緒に持ち帰ってもらうためのものだ。レコードって、盤だけ買ってるようで、実は選んだ時の空気ごと持ち帰ってる。FAMのコメントカードは、その空気をちょっとだけ紙に乗せて渡してくれる。地味だけど、かなり刺さるやつです。
tonさんは、そうやって手元を離れたカードが戻ってこないことを、少しうれしく思っているようだった。自分が書いたひとことが、その人の部屋まで届いて、盤と一緒に残る。それは、かなり実店舗らしいコミュニケーションだと思う。そして、その“気になる”の先に、FAMならではの深い扉がある。そのひとつが、アフリカ音楽、とりわけザムロック。入口はやわらかいのに、奥へ進むと急に世界が広がる。このギャップがやばい。

tonさんのルーツは、犬山市で過ごした高校時代にある。きっかけはDJだった。お年玉を握って機材売り場へ行き、安いセットに心が動く。でも、父親が「安いのには理由がある」と止めた。そのあと専門店でテクニクスのターンテーブルを買った。
この言葉には、機材の話以上の重みがあった。当時はまだサブスクもない時代。CDのライナーを読み、DJミックスを聴き、レビューを読み、店に足を運んで現物を探す。その“足で探す感覚”が、いまの目利きや棚づくりにつながっている。最初からレコードコレクターだったわけではない。DJをやりたい。その入口から始まって、だんだん音楽の奥行きに引き込まれていった。

名古屋・大須のレコード店でアルバイトをした時に、初めて人から音楽を教わる体験をする。それまでは、自分で探して、自分でたどり着いたものだけが世界だった。
自分では見つけられなかった音が、人を通して急に届く。ここで耳が一段広がった。この“知らない音を探す快感”が、後にFAMのいちばん大きな個性のひとつになっていく。その後、中古レコード店で働くなかで、tonさんはさらに耳を広げていく。ある程度の経験もあり、“自分は知っている”感覚もあった。でも、入ってみたら全然知らなかった。ロックも、ジャズも、世界はまだまだ広かった。

人生の転機になったレコードとして挙げられるのは、エルヴィス・コステロとパット・メセニー。もともとtonさんは、ソウルやファンク、ヒップホップのような黒人音楽のグルーヴを強く好んでいた。その中で、初めて真正面からロックを「かっこいい」と思えたのが、エルヴィス・コステロだった。
この一枚が、tonさんにとってロックへの扉を開いた。もうひとつの転機が、パット・メセニーの「Last Train Home」だ。ドラムが汽車の音のように走り、その上をギターがふわりと漂う。歌詞がないのに景色が立ち上がる。音が風景になる感覚を教えてくれた一曲だった。熱で刺す音と、空気で包む音。その両方が、いまのFAMに流れている。
そして耳はさらに外へ伸びていく。ソウルやファンクからサイケへ。そこから南米、いろんな国の音へ。その延長線上で出会ったのが、ザムロックだった。

ザムロックは、70年代ザンビアで鳴っていたロック。サイケデリックで、ざらっとしていて、剥き出しで、妙に熱い。整いすぎていない。でも、その粗さも含めグルーヴになっていて、身体にぐっと来る。無理を言って、ザムロックの中でも印象深い1枚として挙げていただいたのが、Amanaz『Africa』。
FAMにザムロックがあるのは、珍しいものを看板にしたかったからじゃない。tonさんの耳が、好きな音を掘って掘って、自然にそこへたどり着いたからだ。ザムロックは、この店の“変わり種”ではない。tonさんの音楽人生のかなり正直な延長線上にある。そこが強い。

この店を語るうえで外せないのが、池下という場所との関係だ。中心地ではない。でも、その少し外れた住宅街だからこそ、この店の空気が生きている。毎週木曜には店内で小さなDJイベントも開かれる。お客さんがレコードをかけ、高校生がDJを教わり、差し入れが集まり、会話が生まれる。派手じゃない。でも、こういう小さな定点が続いている店は強い。
10年後も、この店を続けて、変わらず人が来る場所でありたい。その理由のひとつとして語っていたのが、いまの音楽の聴かれ方との違いだ。
オンラインで気軽に提案を受ける音楽も大事だけど、リアル店舗では、その“飛び方”が楽しめる。人がすすめる。棚で目が止まる。自分の好みじゃないはずなのに、なぜか気になる。ザムロックみたいに、名前すら知らなかった音楽が、ある日ふっと自分の棚に入ってくる。それは、やっぱり人と場にしかできないことなんだと思う。

そして、2階に美容室があることも、この場所の個性を深くしている。音楽と髪型。ジャンルは違うけれど、どちらも“人の気分を変える仕事”だ。しかも美容室の空間も、植物や家具、光の入り方まで含めて、ゆっくり時間が流れるようにつくられている。下でレコードに出会い、上で髪を整える。あるいはその逆でもいい。この建物には、“生活の感度を少し上げるもの”が上下にちゃんと入っている。夫婦で別々の仕事をしながら、同じ建物の中でひとつの空気をつくっている。その感じがすごく自然で、FAMという名前にも妙にしっくりくる。

取材の最後に、「お客さんに店を出たあと、どう思ってほしいですか」と聞いた。tonさんの答えは、とてもシンプルで、とてもよかった。
それ、すごく分かる。レコード店の体験って、会計で終わりじゃない。家までの道、袋を持ったまま、ちょっと気持ちが浮いている時間。針を落とす前の数分。あの待ちきれなさまで含めて、レコードを買う体験なんだと思う。
FAMは、ただ盤を売る店じゃない。ザムロックみたいに名前すら知らなかった音楽も、コメントカードを読み、棚を眺め、少し会話を交わす中で、急に自分のものになることがある。知らない音への入口を用意して、人との距離をやわらかく整えて、街の中に小さな現場をつくっている。やわらかいのに深い。入りやすいのに、ちゃんと遠くまで行ける。hair & music parlour FAMを出るころには、いつもの帰り道が、ちょっとだけ鳴り方を変えているはずです。
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