レコ屋の店主・店長の方へのインタビュー連載“レコ屋のヨモヤマ話”。
北海道苫小牧市花園町にあるレコード店「プロペラ」。ロック、ソウル、ジャズ、歌謡曲など、さまざまなジャンルのレコードやCDが店内に並びます。
店主の河野さんは苫小牧出身。高校時代にギターを始め、ハードロックやヘヴィメタルにのめり込みました。札幌の大学へ進学してからは、周囲の仲間や長い通学時間にも背中を押され、オルタナティブロック、プログレッシブロック、ブラックミュージックへと興味を広げていきます。
大学卒業後は札幌で約10年間会社員として働きながらレコードを集め、2022年に地元へ戻ってプロペラを開業。自宅敷地内の小屋から始まった店は、二度の移転を経て現在の場所へたどり着きました。今回は、河野さんに音楽との出会い、レコードを探して札幌へ通った日々、苫小牧で店を始めた理由、そして長く店を続けることへの思いを聞きました。
音楽やレコードに強く惹かれたきっかけを教えてください。
河野さん苫小牧生まれで、1989年、平成元年の生まれです。物心がついた頃には、苫小牧にレコードの専門店はありませんでした。街にはCD店がいくつかあって、僕も中学生まではラジカセでJ-POPをカセットに録音したり、Mr.Childrenを聴いたり、周りと同じような音楽の楽しみ方をしていました。
高校で軽音部に入ってギターを始めたことが、大きな転機でした。先輩が『ギターをやるなら、これを聴いた方がいい』と、オジー・オズボーンのファーストアルバムと、ランディ・ローズの教則本を貸してくれたんです。『なんだ、これは』という衝撃があって、そこからハードロックやヘヴィメタルにのめり込みました。
当時はサブスクリプションもなく、専門的なCDはレンタル店にもなかなか置いていません。CDは高校生には高かったので、ハードオフのジャンクコーナーで100円のレコードを探しました。スコーピオンズなど、好きな音楽を安く聴く手段としてレコードを買い始めたのが最初です。
家には父が持っていたレコードとプレーヤーもありました。中学生の頃、父とYMOの『増殖』を聴いた記憶も残っています。高校3年生頃には、音だけでなく大きなジャケットにも惹かれ、あえてレコードで買うようになりました。

苫小牧には専門店がなかったそうですが、どのようにレコードを探していたのでしょうか。
苫小牧では欲しいものが見つかりにくかったので、バスやJRに乗って、一人で札幌のレコード店へ通っていました。いろいろな店を回りましたね。修学旅行で京都へ行った時も、途中でグループを抜けて、一人でレコード店を回ったくらいです。
高校2、3年生の担任が、ハードロックやヘヴィメタルにとても詳しい先生だったことも大きかったです。CDをいろいろ貸してくれて、『メタルを知りたければ、メタル以外にも目を向けた方がいい。いい音楽はたくさんある』と教えてくれました。その言葉が根底にあって、一つのジャンルだけでなく、幅広く聴く癖がついたと思います。
苫小牧は、都会のように一つのカルチャーが濃く集まる場所が身近に多くはありません。目の前にあるものから好きになるしかなかった。でも、物が限られていたからこそ、ジャンルを横断して聴くようになった面もあります。今振り返ると、それはとても良い経験でした。
大学時代には、音楽の聴き方がさらに広がったそうですね。
札幌にある大学へ進み、軽音サークルに入りました。そこではハードロックやヘヴィメタルを演奏する人が少なく、オルタナティブロックなどが中心でした。ライブに出るには周囲が好きな音楽も知らなければいけないので、先輩から薦められたものを聴き、レディオヘッドやレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンなどにも興味が広がりました。プログレッシブロックやジャズロックにもはまりましたね。
決定的だったのはプリンスです。2007年2月のスーパーボウルのハーフタイムショーを見て、ギターも弾く、踊る、パフォーマンスもする、『この人は何なんだ』と驚きました。プリンスを入口に、スティーヴィー・ワンダー、ダニー・ハサウェイ、カーティス・メイフィールドなど、ソウルやニューソウルへ入っていきました。
大学の後半は苫小牧から通学していて、電車に1日3時間ほど乗っていました。iPod classicで音楽を聴き、ディスクガイドを読みながら、載っている作品を片っ端から追いかけました。今ではなかなか作れない、音楽に浸るための時間でした。
良い音楽を見つけると、サークルの仲間や後輩に教えたくなります。CDを部室へ持って行って貸し借りするなど、物を介して音楽を共有する楽しさがありました。自分で探し、気に入ったものを誰かに伝える。その感覚は、今の店にもつながっています。

札幌で会社員を続けた後、なぜ苫小牧でレコード店を始めたのでしょうか。
大学卒業後は、欲しいレコードやCDを買える環境に住みたいと思って札幌へ移り、コールセンターで約10年働きました。後半は管理職をしていましたが、仕事を続けることが難しいと感じるようになり、次を考えた時に『苫小牧へ戻りたい』という思いが先に出てきました。
札幌で10年以上暮らすなかで、何でも札幌に集まることへの違和感も少しずつ生まれていました。自分自身、苫小牧にレコード店がないことを嘆いて札幌へ出た側です。それなら、地元に作ってみようと思いました。都会ではなく地方に店を出せば儲かる、という考えではありません。できるかどうか分からなくても、30代前半なら失敗しても何とかなるだろうと、2022年9月に始めました。
最初の店は、実家の敷地に残っていた小屋です。亡くなった母が絵の教室兼アトリエとして使っていた場所で、長年使われておらず、雨漏りもしました。それでも来てくださる方がいて、『苫小牧にもレコードを欲しい人がこんなにいるんだ』と分かりました。翌年7月にはテナントへ移り、きちんと店として続ける決意を形にしました。
開業時の在庫は、自分のコレクションが中心でした。ソウルや、世界的なブームになる少し前から集めていたシティポップが多かったです。そこへ地元の方からの買い取りで、ロックやジャズ、歌謡曲などが加わり、品ぞろえが広がっていきました。

『プロペラ』という店名にはどのような思いが込められているのですか? また、地元でのレコードの循環について教えてください。
レコードってクルクル回るモノじゃないですか。いろいろな人の身近にあるもので『回るモノ』といったらプロペラかな、と考えたのがきっかけです。不要になったレコードをお譲りいただき、また次の人へ渡していくという『モノの循環』という意味合いも込めて、この店名に決めました。
苫小牧には、レコードを買う場所だけでなく、きちんと価値を分かって売れる場所もありませんでした。リサイクルショップへ持って行けば二束三文になってしまうようなコレクションを持つ方も、きっといるだろうと思っていました。
宅配買い取りや都会からの出張買い取りが広がると、地方に眠っている良いレコードは、どんどん都会へ流れていきます。一方で地方の人は、送料を払って都会の店から買ったり、時間と交通費をかけて札幌まで出かけたりする。その循環は自然なことではありますが、少し抗ってみたい気持ちがありました。
苫小牧にあった良いレコードを苫小牧に残す。あるいは、そのレコードをきっかけに誰かが苫小牧へ足を運んでくれる。これは、今も大切にしている考えです。お客さまは苫小牧の方が中心ですが、近隣の千歳市や同じ胆振・日高エリアの方もいます。札幌から、わざわざプロペラを選んで買い取りに持って来てくださることもあり、とても嬉しいです。

現在の店づくりで大切にしていることと、これからの展望を教えてください。
2026年2月に現在の場所へ移りました。前の店舗は駐車スペースが少なく、来てくださる方が増えるにつれて、お迎えするには難しくなっていたからです。今の物件は、以前パン屋だった場所で、手前が売り場、奥がパンを作るスペースでした。その造りを生かし、奥にもレコードがあると気づくワクワク感を残しています。
手前には洋楽を中心としたカルチャー色の濃い商品、奥には歌謡曲など、昔ながらのレコード店を思わせる商品を並べています。マニアの方だけでなく、昔聴いていたシングルをもう一度聴きたい方や、初めてレコードに触れる若い方にも来てほしい。老若男女が楽しめる店を意識しています。
値付けでは、苫小牧から札幌へ往復する交通費や通販の送料を払う代わりに、もう1枚レコードを買えるような価格にしたいと思っています。そして店内には、ジャズが好きな年配の方、クラブカルチャーが好きな方、若いバンドマン、懐メロを探す方が同時にいる。音楽という一つのフィルターを通して、いろいろな人が集まる光景が好きなんです。
地方では人も物も限られるので、一つのジャンルに絞ることは難しい。でも、オールジャンルを扱うからこそ生まれる出会いがあります。ライブハウス『ELLCUBE』でのポップアップや、『Never Retreat Market』などの催しにも参加しています。専門店へ入るのは少し緊張するという方にも、別の場所で気軽にレコードへ触れてもらい、そこから店へ来てもらえたらと思っています。
将来、店を大きくしたいというより、とにかく何十年と続けたいです。苫小牧にはレコード店がなかった期間が長く、今はタワーレコードもありません。CDやレコードを買える場所が限られるなかで、こそこそとでもプロペラを続けたい。苫小牧にレコード店があることを、何年も積み重ねて当たり前にしたいんです。
レコードブームは追い風ですが、ブームは都会で始まり、都会で終わるようにも感じます。レコードを一時的なブームではなく文化にするなら、こういう街にも一店舗あることが大切です。若いお客さまの中には、レコードが高くてCDを選ぶ方もいます。自分が高校生の頃と同じように、アイアン・メイデンやオジー・オズボーンを探している姿を見ると嬉しい。苫小牧に人がいる限り、音楽を好きになる人はこれからも生まれます。その人たちに応えられる店でありたいと思っています。
Recoya VIEW
プロペラを取材して印象に残ったのは、河野さんが苫小牧にレコード店がないことを嘆くだけでなく、自ら地元へ戻り、その場所をつくったことです。
限られた環境だったからこそジャンルを横断して音楽を聴き、地元に眠るレコードを次の人へ手渡していく。店名に込められた「回るモノ」という言葉は、レコードそのものだけでなく、人と音楽が街の中で循環する姿にも重なります。
苫小牧にレコード店があることを、何年もかけて当たり前にしたい。大きさよりも長く続けることを見つめるプロペラが、これからも街の日常に音楽との出会いを増やしていくのが楽しみです。