レコ屋の店主の方へのインタビュー連載”レコ屋のヨモヤマ話”。今回は、東東京都千代田区神田猿楽町の エテルナトレーディング を訪ねました。

神保町には、長く続く店にしか出せない空気があります。古書店や喫茶店と同じように、ここにも時間が堆積している。エテルナトレーディングは、そんな街の質感によく似合う店でした。
この店が扱うのは、クラシックレコードだけ。しかもただクラシックを扱うのではなく、東ドイツの国営レーベル”エテルナ”をはじめ、ヨーロッパ各地の盤を長年にわたって買い付け、整理し、言葉とともに届けてきた店です。
パッと見ただけではわからないことが、この店にはたくさんあります。値札の横にある文章もそうだし、同じように見えるレコードの違いもそう。けれど話を聞いていくと、その一枚一枚の奥に、高荷さんが積み上げてきた時間が折り重なっているのがわかってきます。
クラシックに詳しくなくても大丈夫です。むしろ、よく知らないからこそ、この店の面白さはじわじわ効いてくる気がしました。

エテルナトレーディングの事業は31年目。会社としては26年目になるそうです。場所はずっと神保町界隈で、何度か移転を重ねながらも、この街でクラシック専門店として歩みを続けてきました。
最初に驚くのは、店の時間の重なり方です。高荷さんは創業当初から通信販売リストを発行していて、その号数は2026年3月時点で1400号にのぼります。いまはネット掲載もありますが、もともとは紙でリストを送り、そこに言葉を添えて、一枚一枚を伝えてきた。その積み重ねが、この店の土台になっています。

いまの店頭に並んでいるレコードも、ただ仕入れて並べているわけではありません。盤の特徴、版の違い、演奏家の背景まで含めて、きちんと情報がついている。その作業の中心にあるものを、高荷さんはとても簡潔に言いました。
この言葉が妙に印象に残ります。この店は、レコードを売る場所であると同時に、レコードについての情報を整理し続ける場所でもあるということです。
派手さのない言い方ですが、ここには高荷さんの仕事観がそのまま出ています。毎日少しずつでも、正確に積み上げていく。その反復の先に、エテルナトレーディングという店の説得力ができているのだと思います。

高荷さんは長野県松本市の生まれ。子どもの頃から音楽に囲まれていたわけではなく、家にレコードプレーヤーもなかったそうです。クラシックに本格的に近づいたのは、大学進学で東京に出てから。きっかけは友人の影響でした。
ただ、ここで面白いのは、入口がいわゆる“クラシック好き”の王道ではないことです。最初に強く惹かれたのは、音楽の教養や作曲家の知識ではなく、オーディオ機材でした。
マッキントッシュのアンプ、タンノイのスピーカー。当時から高価だった機材を、借金までして揃えたと言います。まず“どう鳴るか”に惹かれ、その後に音楽そのものへ深く入っていった。この順番が、高荷さんらしい気がしました。

ジャズを聴いていた時期もあったけれど、友人に出会ってからはクラシックへ大きく傾いていった。CDが出始めた時代でも、自分はレコードだけだった。そうやって少しずつ、いまの店へつながる感覚が形になっていったのでしょう。
この話を聞いていると、クラシックの入口は別に難しいものでなくてもいいんだと思えてきます。音の鳴り方から入ってもいいし、機材から入ってもいい。遠回りに見える入口が、結果としていちばん深い場所へつながることもあるのだと、高荷さんの歩みが教えてくれます。

高荷さんの人生が大きく動いたのは、社会人になってからレコ屋でアルバイトをしたことがきっかけでした。そこで”仕入れが難しい”、”誰か買い付けに行けないか”という声が上がり、一念発起して会社を辞め、ヨーロッパへ渡ります。
拠点に選んだのはベルリン。そして、その中心にあったのが東ドイツの国営レーベル”エテルナ”でした。

当時の買い付けの話は、とても身体的です。新しい街へ着いたら、まず駅で電話ボックスを探す。職業別電話帳でレコ屋を調べ、端から電話をかけて、クラシック在庫のある店だけを訪ねる。宿はユースホステルで、移動は鉄道。派手な旅ではなく、かなり地道な動き方です。
でも、その方法で4年間積み上げたからこそ、まだ日本でほとんど知られていなかった盤が神保町に届いた。エテルナだけで棚が埋まるほど仕入れたという話にも、その熱量がにじみ出ています。
そして高荷さんにとってエテルナは、単に珍しい盤ではありませんでした。そこには東西冷戦下の文化や録音のあり方まで含めた価値があると考えています。
華やかさや売れ筋とは違う基準で残された音がある。そこに高荷さんは価値を見出してきました。この店の名前に”エテルナ”が入っているのは、単なる象徴ではなく、店の核そのものがそこにあるからなのだと思います。

エテルナトレーディングを語るうえで欠かせないのが、データベースの話です。高荷さんはWindows 95の頃から同じ流れで入力を続け、Microsoft Accessに膨大な情報を蓄積してきました。件数は、すでに数十万件規模に達しているそうです。
クラシックレコードの世界では、同じタイトルでもオリジナルか再発か、モノラルかステレオか、イギリス盤かフランス盤かで意味が変わってきます。ぱっと見ではわからない違いが、その一枚の価値や位置づけを左右する。しかもその違いは、マニアックな知識で終わるものではなく、実際に買う人の満足感に直結しています。

だから高荷さんは、入力する。版の違いを見て、演奏家の経歴を調べて、コメントを書いて、値段をつける。そのひとつひとつが、レコードの“正しい居場所”を定めるための作業になっています。
そして、その仕事を高荷さんはかなり強い言葉で表現しました。
少し大きく聞こえるかもしれません。でも店にいると、むしろ自然に聞こえます。売れればいい、ではなく、まず正しく伝えること。その姿勢が徹底しているから、この店の値札やコメントには重みがあるのだと思います。
レコードそのものを売っているのに、実はその背後で売っているのは“信頼できる判断”なのかもしれません。

初心者がこの店に入っても大丈夫だろうか。そう思う人は少なくないはずです。実際、クラシック専門店と聞くと、ある程度の知識が必要そうに見えます。
でも高荷さんの話は、意外と開かれています。店に来る人の多くはネットで在庫を見て訪れるそうですが、何を選んでいいかわからない人に対しては、いきなり“正解”を押しつけるのではなく、まずは気になったものを聴いてみればいいと話します。

最初の一枚は、高価な名盤でなくてもいい。大事なのは、自分の基準をつくること。そのうえで、同じ曲の別演奏や、版違いの盤を比べていくと面白さが見えてくるのだと言います。
この言葉は、クラシックを難しく感じている人ほど響く気がします。知識の量で入るのではなく、比べて違いを感じるところから始めていい。同じ曲でも、演奏者が違えば印象が変わる。イギリス盤とフランス盤で音が違う。モノラルとステレオでも響きが違う。
そう聞くと、クラシックは“正解を覚える世界”というより、“違いに気づいていく世界”に見えてきます。深いけれど、入口はちゃんとある。その入口を案内してくれる店として、この店はかなり贅沢です。

長く店を続ける中で、お客さん目線で何を大事にしているのか。そう聞かれた高荷さんは、少し考えてから、とてもシンプルな答えを返しました。
この一言に、この店の接客や距離感がよく表れている気がします。過剰に話しかけるわけではない。店側の熱量を押しつけるわけでもない。でも、お客さんが必要としている時には、必要なだけの情報を渡す。
店に来る人の8〜9割は、ネットを見て”これ、まだありますか”と確認して訪れるそうです。逆に、”何かいいのない?”という来店は、いちばん難しいとも話していました。その言い方も、無理にきれいに飾らない感じがあって印象に残ります。
市場として見れば、クラシックレコードの世界は厳しい局面が長く続いています。それでも高荷さんは、過度な理想や未来図を語りません。現状維持できれば御の字。その現実感があるからこそ、逆にこの店は信頼できるのだと思います。
一方で、高荷さんはこうも話していました。良いものは、時間をかけてちゃんと認められていくのだと。誰も知らなかった演奏家でも、自分がきちんと解説を書き続ければ、少しずつ世の中に浸透していく。30年続けてきた実感が、その言葉の背中にあります。
神保町のエテルナトレーディングは、にぎやかな店ではありません。けれど、静かな強さがあります。気になった一枚を手に取る自由があって、その先には30年分の蓄積がある。
クラシックに詳しくなくても大丈夫です。むしろ、まだよく知らない人にこそ、この店は面白い。最初の一枚が、その人にとっての“比較の始まり”になるかもしれません。
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