レコ屋の店主・店長の方へのインタビュー連載“レコ屋のヨモヤマ話”。
福岡市中央区、地下鉄七隈線「薬院大通駅」から徒歩2分ほどの場所にあるレコ屋「So Tough Records」。
今回は稲益さんに、音楽との出会い、会社員として働きながら続けてきたDJやレコード通販、そして50歳を過ぎて実店舗を開いた理由について聞きました。
音楽を聴き始めたきっかけを教えてください。
稲益さん兄の影響が大きいですね。兄とは年齢が離れていて、家では兄が聴いている音楽がずっと流れていました。レコードプレーヤーは父親のものだったと思います。
子どもの頃に聴いていた曲を、大きくなってから自分で見つけて、「あれ、これ聴いたことがあるぞ」となることもありました。知らないうちに、いろいろな音楽が耳に入っていたんでしょうね。自分で本格的に聴き始めたのは中学生の頃です。
その頃からレコードもCDも買っていました。当時は輸入盤のレコードがCDより安いこともあったので、安い方を選んでいた感じです。
中学生の頃には、イギリスのパンクバンド、Buzzcocksの来日公演を観るために大阪まで行きました。
バンドをやろうとは思いませんでした。兄の楽器が家にあったので、少し触ったり、まねごとのようなことはしましたけど、練習は続かなかった。自分は演奏するより、聴く方が向いていたんだと思います。
DJを始めたのは、いつ頃ですか。
大学に入ってからです。友達がDJを始めるというので、自分も一緒にやるようになりました。
ターンテーブルを2台そろえて、家で練習して、イベントにも出ていました。当時は小さなクラブもあって、DJをやると言えば何十人か集まるような土壌もありました。
社会人になってからも、普通に会社員として働きながらレコードを買い、プライベートでDJを続けていました。働くようになると、学生の頃よりレコードを買えるようになるじゃないですか。だから、どんどん増えました。
ただ、買うだけではなく、資金がなくなったら売って、また買う。その繰り返しです。店を始める前に持っていたのは数千枚ぐらいですが、これまでに買った総数なら、もっと多いと思います。「あれは売らずに持っておけばよかったな」というレコードもありますね。
お店を始める前の8年間は、大分で会社員をしていました。音楽とは関係のない仕事です。最初は、福岡に戻れるならすぐに戻りたいと思っていたんです。でも、大分は住みやすかったし、DJを通じて知り合いも増えて、自分のコミュニティもできました。福岡に戻ってきていいと言われても、そのまま大分に残ったぐらいです。
ただ、50歳を過ぎた頃に、このまま会社員を続けることもできるけど、それが楽しいのかと考えるようになりました。大分での生活は居心地がよかった一方で、福岡にいる仲間たちの方が刺激的に見えたんです。

お店を開くまでの話を教えてください。
大分にいた頃は、レコードの通販もしていたんです。最初は副業というか、小遣いに少しプラスできればいいかなという程度でした。
海外からレコードを買って、通販で販売することを10年ぐらい続けました。Discogsで探して仕入れたり、海外のバイヤーやレーベルと直接やり取りしたり。続けているうちに、海外から仕入れて、日本で販売するための下地ができていきました。
その頃は、将来レコード屋を開くためにやっていたわけではありません。好きなもので少しお金を稼げたらいいな、ぐらいです。福岡に戻って何かやろうと考えたときに、どうせ戻るならレコード屋をやろうかなと。
もちろん、そんなに軽い話ではないです。実際にできるのか分からなかったので、広島でレコード屋をやっている友人や、福岡でミュージックバーを営んでいる後輩など、何人かに相談しました。
「絶対にやった方がいい」と言う人もいれば、「通販だけでいいんじゃないですか」「家賃もかかるし、レコードだけの店は難しいですよ」と反対する人もいました。
でも、通販だけを一人でずっと続けていたら、人に会わなくなってしまう。「このまま一人でやっていたら死んでしまいそうやな」と思ったんです(笑)。
誰とでも話したいわけではないですけど、音楽の話をするのは好きです。自分は一人でいるのも好きだし、人と話すのも好き。わがままなんでしょうね。だから、通販だけではなく、人が来られる場所を持ちたかったんだと思います。
お店をやろうと思ってから、足りないレコードをヤフオクなどで一気に仕入れました。ずっと「いい物件が見つかったら会社を辞めよう」と思っていたんです。4月頃にこの物件を見つけて、会社を辞め、6月に福岡へ戻って、8月にオープンしました。
この場所も、もともとは住居として使われていた部屋です。内装については、10年ぐらい連絡を取っていなかった知り合いにも相談しました。久しぶりに連絡して、それでも手伝ってくれる人がいた。振り返ると、いろいろな人に背中を押してもらったと思います。
So Tough Recordsの品ぞろえについて教えてください。
LPや12インチもありますが、強みは7インチだと思っています。
通販を10年ほど続けてきたなかで、自分なりに選んできたものがあります。7インチは通販でもよく動いていたので、その経験を活かして品ぞろえしています。
海外のバイヤーから仕入れることもありますし、海外レーベルと直接やり取りして入荷することもあります。ジャンルをひとつに絞っているわけではありませんが、自分がDJをしてきたこともあって、DJの感覚で選んでいる部分はあると思います。
だから最初は、DJのお客さんばかり来るのかなと思っていました。でも実際には、DJではない一般のお客さんも多かったですね。昔からレコードを聴いている40代、50代の方だけでなく、若い方も来てくれます。

接客で意識していることはありますか。
基本的には、好きに見て、好きに試聴してほしいと思っています。こちらからワーワー話しかけないし、おすすめも、聞かれるまでは言いません。
僕自身がレコード屋に行ったとき、ほったらかしてほしいんですよ。だから、自分が客としてされてうれしいことをするようにしています。
ただ、お客さんが自分の好きなレコードを持ってきたら、つい「あ、これいいですよね」と言ってしまうことはあります。接客しないと言いながら、好きなものには反応してしまう(笑)。
店内の写真だけ撮って帰る方もいますけど、それも全然いいです。この場所を気に入ってもらって、いつかレコードにも興味を持ってくれたらいいと思っています。
レコードを買わないなら来ないでほしい、とは思いません。まずはレコ屋という場所を見に来る。それも音楽に触れるきっかけのひとつだと思うので。

今後、どのような店にしていきたいですか。
具体的に、何年後までにこうしたいという目標は、あまりないんですよね。まだ始めて1年ですし、直近の未来より、60歳や70歳になったときにどうなっているかの方が面白いと思っています。
言うとすれば、70歳ぐらいまでは続けたいです。一般的に言われる定年を超えても、レコード屋をやっていたい。
この店を始めるとき、「お酒を出したらどうですか」「カフェと一緒にしたらどうですか」とも言われました。でも、お酒を飲んで長居する人が増えるのは、あまり自分には合わないんです。今の状態でも、話し始めたら2時間ぐらいいる人はいますから(笑)。
最近はカフェや雑貨などを組み合わせた店も多いですけど、今のところは、シンプルにレコードがたくさんある店でいいと思っています。
Recoya VIEW
So Tough Recordsを取材して印象に残ったのは、50歳を過ぎてから会社員を辞め、実店舗を開いた稲益さんの選択です。突然始まった挑戦に見えて、その土台には、長年続けてきたDJと約10年間のレコード通販がありました。
店では必要以上に声をかけず、買わずに店内を見るだけでも歓迎する。一方で、好きな一枚を手にしたお客さんには、思わず言葉がこぼれる。その距離感に、稲益さん自身がレコ屋で過ごしてきた時間が表れています。
カフェやバーを併設するのではなく、シンプルにレコードがたくさんある場所として、70歳頃まで続けたいというSo Tough Records。薬院で少しずつ積み重なる店の時間が楽しみです。